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【so.】和泉 美兼[昼休み]

「人じゃない!」

 中庭に墜落した何物かへ真っ先に駆け寄った伊村が叫んで、次に委員長の安全確認も終わった。

「みんな安心して、これは人体模型です」

 はっ、人体模型かよ。年末のことがあって未だピリピリしたムードの中、悪趣味な事をするやつがいるもんだなと思った。とりあえずの野次馬根性で近づこうかなと思ったら、わたしの左手を誰かが強く握ってきた。振り向けば、さっきまで一緒にデッサンを見せ合いながら歩いていたジンさんが、血の気の引いたような顔でこっちを見ていた。

「ちょっと見てくる」

 そう言って、ジンさんの硬直した手の指をひとつずつ丁寧に開いてあげた。あの明るいジンさんの意外な一面を見たなと思って、わたしは人体模型に近づいた。

「ホントだ。気持ちわりー」

 顔の半分だけ皮膚が無く、筋肉や眼球がむき出しになった人体模型の顔が、不似合いな黒い長髪の束から覗いていた。わたしはローファーの先っちょで小突きながら、何か面白い物が見つからないかと物色してみた。傍らでは伊村が目を輝かせながら、人体模型へ向けてスマホのシャッターを切りまくっていて気味が悪い。視線を感じてそっちを見ると、つだまるが青ざめた顔で突っ立っていた。

「あんたさー、こわいの?」

 意地悪く言ったらつだまるは何か言いかけて、けれどジョーサンが教室へ戻れと連呼しながら乱入してきたせいで、何も言ってはこなかった。情けない女だな。

 教室へ戻ると、休む間もなく臨時の全校集会をするから体育館へ移動するように指示が出た。考えてみれば2時間目からずっと、いろんな教室を行ったり来たりする1日だなと思った。真っ昼間でも凍えるような寒さの中で、わたしたちは昼食を摂ることも許されないんだ。そう考えると、だんだんと人体模型を突き落としたやつに対して怒りが湧いてきた。廊下を歩きながら、やまちはのりんに向かって、犯人は山浦じゃないかと語っている。見回してみれば確かに山浦の姿が見えない。あのデッカい女のせいでパン買いに行けないのか。ふざけんなよな。

 氷河の上みたいな体育館の床に体育座りをさせられて、わたしは前の席のつぐの背中を見つめている。きっと今日の面談の結果で、山浦は何か怒りを覚えたに違いない。年末のサトミの自殺について、三条に聞かれたことの意図はよくわからなかった。ヘアピンを散々探して、でも見つからないから「買えばいーじゃん」とわたしが言って、それにのりんとつだまるも乗っかって、サトミを責めたら泣いてしまった。じゃあもう勝手に探せよって、わたしたちは帰ったってことを面談では三条に伝えたけれど、葬式でヘアピンはポケットに入ってたことが分かったと言うし、ホント意味が分からない。つだまるはサトミの自殺について、わたしたちがヘアピンひとつに拘るなってことを責めたせいだ、ってまだ思い込んでいる。わたしも最初はそう感じたけれど、ヘアピンがあったんだったら、そんなこと関係ないじゃないか。
 壇上ではしばらく校長先生のすすり泣きが続いていて、わたしは考え事を中断させられた。一通り泣いた後「失礼しました」とぼそっと言って、続いて校長先生はこう話した。

「わたくしが皆さんにお伝えしたかったのは、このような悪辣な試練に打ち負かされることなく、愛をもってこの苦難に立ち向かいましょうということ、ただそれだけです」

 愛、だって。いつものお得意のエネルギー、愛。ウケる。愛で全てを解決して欲しいよ。できるならさ。

 集会が終わって、出席番号順に歩いて退場した。番号2番のわたしは、つぐの後ろを歩いて、体育館を出たら自然と隣り合って歩いていた。けれどつぐはぼんやりした様子で一言も喋らなかったし、わたしも何か話すつもりがなかった。

「アンタが死ねば良かったよ」

 後ろで聞き慣れない大きな声が聞こえて、何かが起きたらしいことは分かった。振り向くと、のりんとつだまると、そのすぐ後ろを、やまちが足早に歩いてきていた。

「何があったん?」

 のりんもつだまるも答えず、やまちが代わりに答えた。

サエさんがね、ヨシミにビンタしたの」

「はぁ? なんで? それになんでアンタらが逃げてくるわけ?」

 のりんもつだまるも何も答えないから、やまちも黙ってしまった。わたしはそれ以上問いただすつもりは起こらなかったけれど、この頃思っていた素朴な疑問を投げかけた。

「のりんとヨシミってさー、1年の時はそこまで仲悪くなかったよねえ?」

 ぱっと顔を上げたのりんと目が合った。

「ヨシミと、何かあったん?」

 のりんはしばしの沈黙の後、首を傾げた。

「思いつかないんだよねぇ」

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