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機動隊からの放水もなく、舞台は整わなかった

京都大学は学生運動が盛んだった。

30年も前の話だから当然と思われるかもしれないが、当時すでに全国の大学生の多くは学生運動とは無縁のキャンパスライフをエンジョイしていた。
そんな中、今から綴る信じられないような光景が日常だった京大は、どう見ても稀有な存在だった。

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あるうららかな昼下がり、吉田キャンパスの正門に、幌つきの軍用トラックが数台入ってきて停まった。
何?と見ていると後ろが開き、ゲバ棒を持ち「中核」と書かれた白いヘルメットにサングラス、マスクで顔を隠した活動家たちが、まるでとめどなくハンカチが出てくる手品のように湧いて出てくる。
過激派の一つ、中核派だ。

降りたはしから隊列を組み、「打倒天皇制!打倒米帝!」を声高に叫びながらロータリーをムカデのようにうねり、そのまま一棟まるごと占拠している教養部のE号館(D号館だったかな)に吸い込まれていった。
ちょうど昭和から平成への天皇の代替わりで、京都御所の〈即位の礼〉を阻止しようと京都の過激派の動きが最高潮だったのだ。

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ある学期末のテストの日のこと。

問題を解いていると何やら廊下が騒がしい。
と思ったのもつかの間、白ヘルが数名教室に乱入してきて試験監督の教授を教室の外に追い出し、テストの即刻中止を命じた。
どうやらどの教室にも同時多発乱入しているらしい。
なんで?と訝る気持ちより、やった!と喜ぶ気持ちが当然勝り、皆テストを放棄したが、その代償に中核派の演説を聞かされた。

翌日もテストだったが、吉田キャンパスの正門は一晩のうちに教室の机や椅子が内側にうずたかく積まれ、機能しなくなっていた。
いわゆる〈バリスト〉、バリケードストライキだ。
小さく開かれた通用口で白ヘルが身分確認をおこなっており、学生は入構できたが、教職員はそこですべて追い返された。
これではテストにならない。
また喜んで帰宅した。

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ある日、これまでに見たこともない数の白ヘルが本部キャンパスに集結し、何か起きそうな雰囲気が朝から漂っていた。

そしてついに時計台に乱入し、そのまま総長室になだれ込んだらしい。
しっかりバリケードの張られた正門からそれを眺めていたが、総長室の窓が開き、拘束された総長がちらりと見えたあと、大きな赤旗が窓から差し出され、左に右に大きく振られた。

正門の外には警察の機動隊が大挙して押し寄せていたが、大学には自治権があるため警察は大学からの要請がなければ構内に立ち入れない。
要請すべき総長が拘束されているのだから、警察は見物しかできなかった。

占拠した中核派は、かつての東大安田講堂事件の再現を夢見たかもしれないが、周囲の一般学生のボルテージはまるで上がらず、機動隊からの放水もなく、舞台は整わなかった。

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大学にはこの白ヘルの中核派の他に、白ヘルに赤ラインの革マル派、赤ヘルの赤軍派、青ヘルの民青などがいてカラフルだった。
僕の時代にはほとんどが白ヘルだったが、その5年前に同じ大学に通った兄の頃は各派が競り合って学内で衝突を繰り返し、ゲバ棒で叩きのめして命を落とす学生もいた。

今、学生運動はどうなっているんだろう。
あの独特な読みづらいフォント?で書かれた立て看と、大声過ぎて何を言っているかよく分からないアジが妙に懐かしい。

(2021/12/30記)

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