見出し画像

あとはもう表紙しか残っていない

このところなかなか本を読めていないとずっと感じていた。
出版社に勤めていた割には、その当時から周囲と比べて読書量は少なかったが、今やさらに減る一方だ。

もう少し読みたいと、電子書籍を読んでみたり図書館で漁ってみたり。
本棚にある古い本を取り出してみたりもして、ここしばらく読んでいるのは村上春樹だ。

***

村上春樹の作品との出会いは、高校の現代文の時間だった。
新米教師がプリントにして配ったのが村上春樹の『4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて』だったのだ。
作品は、100パーセントの女の子とすれ違う一瞬の感情を描いた短編小説だが、その独特なスローモーションのような描写が心地よかった。

そこから僕の村上春樹の旅が始まる。
初期三部作『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』に引き込まれ、大学入試で泊まった京都の宿に『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を持参して徹夜で読みふけるという失態も。

作品を通して一貫して流れる怠惰な時の流れに、まだ見もしない、来たるべき大学生活を重ね合わせた。
空腹になれば冷蔵庫のありあわせでサンドイッチかパスタを作ってジャズかクラシックを聞きながらワインと食べ、出かける前には熱いシャワーを浴びて丁寧に髭を剃り、糊のきいたシャツを着る。
――そうなるはずだったが、京都の下宿はキッチンもシャワーも共同で、アイロンもなく、思い描いた暮らしとは向きが180度ずれていた。

***

本棚から取り出した文庫の『風の歌を聴け』はすでに紙が茶色になって、古文書のような様相だ。
娘が後に買った同じ本を並べてみると、小さい字が目にしみる。

寝る前のお楽しみ…なのだが、眠すぎて10ページと進まない。
さらに翌晩、続きを読もうと思っても、前夜に読んだ最後の数ページがまったく記憶に残っていない。
読んだと思っていたが、どうやら半分夢の中だったようだ。
数ページ戻って復習するが、その前との繋がりなんてさらに不明でまた数ページ、というところで眠気に襲われ強制終了。
攻める側なのに敵に押されじわじわ後退する弱小アメフトチームのようだ。

翌晩、また数ページ戻り、さらに数ページ戻…れないってば。
戻るばかりであとはもう表紙しか残っていない。

(2021/11/19記)

サポートなどいただけるとは思っていませんが、万一したくてたまらなくなった場合は遠慮なさらずぜひどうぞ!