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さぁそろそろ今日も夏をはじめますか

朝4:30、冷気を感じて目が覚める。
あまりの寝苦しさにエアコンを入れて寝るからだ。
熱帯夜とはいえ、横になっているだけの身ではやはり寒くなってくる。

エアコンを止めて窓を開け、ボンヤリと薄暗い外を眺める。
ついこないだまでこの時刻には明るくなっていたと思うが、季節は確実に進んでいるようだ。

チチチ…

ん? 静寂の中、かすかに秋の虫の声。
もう秋?

ウイーン…

5:00、律儀な炊飯器が昨晩の言いつけを守って働きはじめる。
かぼそい秋の声はあっという間にかき消された。
吐き出される蒸気が籠もらないよう、廊下に通じる扉を開ける。
と同時に、扉の向こうで待機していた熱気が、まるで西宮戎の福男選びのように我先競ってなだれ込んだ。
なんだ、秋なんてやっぱりまだまだ先の話ではないか。

ジー…ジー…

5:20、今朝の一番ゼミが鳴きはじめた。
案外控えめなんだなと思ったのも束の間、盛大な合唱がはじまった。
まだまだ夏はこれからだと言わんばかりに。

ジャージャージージーシャアシャアシャア…

どうしたどうした、さっきまでおとなしく寝ていたではないか。
一匹鳴きはじめたからといって、こんな急に騒がなくても。
ここにも福男選び、なのか?

でも、明日は早起きして一番ゼミの称号をほしいままにしようとする動きは今のところセミ界にはないようだ。
そんなことをされては5:10、5:00、4:50…と日々一番ゼミが早まってしまう。

ふと、愛媛の観光施設で勤めていたときのことを思い出した。
入手困難の抹茶大福を製造し販売していたから、夏休みともなると10時の開店時には長蛇の列になる。
次の目的地がある人からは、早よ開けてくれんの?と言われる。
気持ちは分からないでもないし、10分前には店の準備も整っているから少し早く開けることは可能だ。
しかしひとたびその声に応じてしまうと、9:50、9:40…と日に日に開店時刻を早めなければならないことは明白だ。
責任者だった僕は、当然お断りし続けた。

案外一番ゼミは固定のセミで、彼が責任者を務めているのかもしれない。
ジー…ジー…というあの控えめな声は、さぁそろそろ今日も夏をはじめますか、の合図なのだろうか。

秋はまだまだ遠いようだ。

(2023/8/5記)

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