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慣れないものは頼むべきではない

久しぶりの大学病院だった。
年明け早々に行って以来、実に半年ぶりだ。

鼻横に病変を認めてあれよあれよと入院手術になってから早や1年と少し。
病巣の摘出で口中に大きく開いた欠損は、僕の人生に重くのしかかったが、その後の医学と僕の食べたい・喋りたい欲が奇跡を生み、今は一見して問題ないまでに回復した。

術後間もない僕は、泣き言をこのnoteにあげた。
もうふつうのものを食べられなくなった、手術の直前に行ったぐるめぐるが皆との最後の思い出だと。
大袈裟でもなんでもなく、本当にそんな状態だったのだ。

ふつうに食べる・喋るためには欠損を埋めなければならず、それには手首から動脈ごと皮膚を移植して首の大動脈と繋ぐ危険な手術が必要とされ、医師からはそれはお勧めしないと宣告された。
その代わり、専用にあつらえる装具を口中に装着すれば、食べられるようになるかもしれない、聴き取りづらくてもなんとか喋れるようになるかもしれないと言われ、僕はそのプランに乗った。

結果は上々、驚くべき回復を見せ、口中の欠損は次第に小さくなり、食べる・喋るもわずかな不自由を残してはいるがほぼ問題なくなった。
もちろん装具は一生着けつづけなければならないが。

昨日はその患部のチェックだったが、半年ぶりに診た医師も唸る。
こうなったらいいなと思ってオペしたけどその通りになるなんて、と。
そんな無責任な…とは微塵も思わない。
僕もこうなるなんてまったく思っていなかったから。

診察のあとは、少し歩いた商店街で串カツとビールをやろうと思っていた。
医師の驚いた顔を見届けてから、ちょっとした一人快気祝いでもと。

ところが。

患部の欠損部にファイバースコープを入れるため、口に麻酔が。
鼻の中を見るため、鼻にも麻酔が。
ジーーーン…

診察後、会計を終えてもずっとジーーーン…
これでは何を食べても同じだ。
やむなく、新しくできたばかりの医学部生協の食堂で済ませることに。

矢印に身を委ねて進む

栄養士監修のヘルシープレートだとか、トルコライス? ガパオライス?的なプレートだとか、豪勢で旨そうな品々がメニューボードに踊る。
うわぁ、食べたい!
ジーーン…

泣く泣く栄養補給に徹し、シンプルな品をチョイス。

鶏天+ライス小=479円也

唇がぼてっと腫れたみたいな麻酔の違和感を抱えたままパクつく。
ここは大分かと見紛うほど口の中に鶏天があふれ…
ジーン…
…やっぱりここは神戸か。

ごちそうさま。
でもなんか食べた気がしない。
ジン…

あれ? ジーーーンがいつのまにかジンになっている。
ならタリーズで食後のコーヒーでも。

いつもはどこへ行ってもブラックだけど、せっかくの快気祝いだし、モカマキアートなるものを。
逃したビールの代わりに、泡々の載ったコーヒーでもと思ったのだ。

——モキャ…モク…モキャマクアートひとつ。
「え? もう一度よろしいですか?」

慣れないものは頼むべきではない。

出てきたモキャマクアートに、自分が女子になったみたいな昂揚感。

こういう甘いコーヒー頼むの人生初かも

ほな快気祝い、いくか!
——かんぱーい!
心で軽く乾杯して、マグカップを傾ける。

ん? 本体はどこ?
泡々すぎて、なかなかコーヒーが口に入ってこない。
そうか、ビールといっしょで泡を口でよけつつ、下に潜む本体だけを流し込むやつやな?
よし! ズズズー!

…2口で飲み終わった。
せっかくゆっくりするつもりで店に入ったのに、3分で終了。

やはり慣れないものは頼むべきではない。

(2024/7/12記)

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