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日常に潜む、迷いと惑い

自分は優柔不断ですという人と話した。
ものを買うときも食事をするときも、いつも決めることができないと。
理由を聞いてみると、経験が少ないからだという。

しかし、すべてを経験するまでには相応の時間が必要になる。
経験に乏しいから判断できない、というのは逃げ口上に思えた。
ただ迷っているだけなのに、あえて判断しない道を選んだのでは?

こういう人、最近多いように思う。

日常に潜む、迷いと惑い。
どうしようか判断しかねる、それが「迷い」。
経験のない状況に指針が見えなくなる、それが「惑い」。

発音も近いが、まったく似て非なるもの。

迷いを惑いと切り捨てるのは簡単だが、それでは何も生み出さない。
迷ったとき、自らの判断を加える努力を怠らないようにしたい。

(2017/8/24記)

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