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今なお僕の心をぽっと温かくしてくれる

中学校の理科室は特殊な机。
水道つきの4人がけ、下に空っぽのひきだしがあった。

中2が始まってすぐのある日、ふとそのひきだしを開けてみた。
ペンケースがある。
一目で女子のものと分かる忘れもの。

気になって、裏返してみたら…
おっと!
慌てて表に向ける。

持ち主の名が書かれていたのだ。
ちょっと気になっていた女子の名が。

幼稚園から上がった僕と、中学受験で入ってきたその子は、中1で同じクラスだったが、中2では別のクラスになった。
かわいくて聡明、かつ女バレの主力選手ときている。

その子と同じ席というだけで胸は高鳴る。

ワスレモン。ナンモトッテヘンデ。サテ、ダレデショウ?

ノートをちぎった紙片に、何の暗号にもならないのになぜかカタカナでそう書いて折りたたみ、ペンケースの下に潜り込ませた。
これではまるで犯行声明だ。

それからというもの、次の理科の時間が待ち遠しくてしょうがない。
廊下ですれ違っても、部活で接近しても(陸上部の僕はトラックを走るたびハレー彗星のように定期的にバレーコートに近づくのだ)、目なんて合わせられない。

そして迎えた1週間後。
授業が始まり皆が黒板に注意を向けたのを見計らって、ひきだしを開ける。

そこには、小さな紙片!

○○君やんな。こんなひきだし開けてみるんや。

おぉ! 正解!
なぜ分かったのか、いまだにナゾだけど。

そこからひきだし文通が始まった。

この先生めっちゃ退屈。眠た~い!
ホンマホンマ。眠すぎてガスバーナーで前髪焼いてもた。
アハハ、何やってるん。私は今、数学の宿題中。
はかどるやろ。そういやクラスの○○、△△のこと好きらしいで。
うそ! そんなん××と三角関係やん…

当時の紙片は残っていないから一字一句この通りではないが、話の内容としてはこの通りの、恥ずかしいほどに中学生の文通。
ガスバーナーで前髪焼くとか、創作にもほどがある。

気になる子と思いがけず一対一で文通ができるなんて、幸せだった。
返事を読めるまで一週間。
LINEなどでは決して味わえない、翌週へのモチベーションだった。

文通は数か月続き、上映中の映画の話題になった。
純粋にその子と見たいと思った僕は、体育祭の日の片づけ後のざわつきの中、彼女のクラスに出かけて廊下に呼び、映画に誘った。
その子と面と向かって話すのはそれが初めてだったが、体育祭や文化祭の日の中高生は異常な行動力を獲得するのだ。

しかし、ごめんその日は大会と言われ、そっか残念とあえなく終了。
なんとなく気まずくなって、文通まで終わってしまった。

いつやったら行ける?

そう書けば、文通は続いただろうし、映画にも行けたかもしれない。
いや、壊滅的な終わりを迎えたかもしれない。
中2の僕は、はっきりさせないことを選んだ。

数か月もの間、誰にも見つかることなく二人でやり取りしたひきだし文通。
思い出すだけで、今なお僕の心をぽっと温かくしてくれる。

(2022/1/22記)

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