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心は実に軽やかだ

この月末は、最後まで途切れることなく忙しいと覚悟していた。
元々予定していた仕事だけでもまぁまぁ忙しかったが、それらに加えて、月末が納期の案件が複数舞い込んできたり、来月半ばまで余裕があったはずの案件が急に分納になったりしたからだ。

だからこのところnoteはつぶやくのが精一杯で、通常の記事は時間的にも精神的にも余裕がなく書けなかった。
そんな溺れそうな状態でつぶやくものだから、それはもう多くの方から、とにかくゆっくりしてほしいとご心配いただいた。
なんとありがたいことだろう。

僕はいただいたコメントに心から感謝し、できることなら皆さんのお勧めどおり少しゆっくりして心を落ち着けたいと思いながら、でも手元のスケジュールを見てはうーんと唸っていたのである。
どう考えても月末まで息つく間もない。

ところがだ。
さらに忙しくなりそうな予感をはらんだ新しいクライアントからの依頼が、どういうわけか立ち消えるというのが2本続いた。
そこで少しゆとりが生まれた。

そしてさらに昨日。
父の遺品整理や税申告などをいっしょにやるために千葉から兄が来神する予定だったが、折からの台風でキャンセルとなった。
…ということは?
丸一日、予定が空いたということ!

さっそくたまった仕事を…となりかけたが、すんでのところでブレーキ。
まったく仕事しないわけにはいかないが、その前に落ち着け落ち着け。
一呼吸、深呼吸。

愛媛時代に子供たちがお世話になった先生が少し前に贈ってくださったご当地の新茶を手に取る。
過去に国際銘茶品評会で金賞を受賞した無農薬有機栽培の極上煎茶。
僕は愛媛で20年間そのお茶を使った村おこしに取り組んだのだ。
本当はいただいてすぐ飲みたかったが、愛媛で育った子供たちが揃って休みの日に心落ち着けて味わいたくて、その日を待っていた。
でもなかなか予定が合わず、焦っていた。
新茶は梅雨を越すと香りが落ち着き、もう新茶とは呼べなくなるからだ。
どうしよう…いま心落ち着けるにはこのお茶がベスト。
うーん、高3の次男は休みではないけれど…開けてしまう?

と、その次男が登校する直前にガッツポーズを決めた。
台風で神戸に警報が出たのだ。
はからずもこの季節外れの台風のおかげで全員の休みが揃った。
やった!

僕は、お茶の師範だった母から受け継いだ形見の煎茶道具を出してきた。

茶葉はなるべくたっぷりと。
50℃まで冷ました湯を静かに注ぎ入れ、待つこと60秒。

コーヒーと違ってお茶は最後の一滴が旨みの宝庫。
これをなむ「ゴールデンドロップ」とぞ言ひける。
急須(宝瓶)に一滴たりとも残さぬよう注ぎきった。

これがお茶?と驚くほど淡い水色(すいしょく)だけど、味香はこれまた驚くほどしっかり。
世間で一般的な真緑の深蒸し茶は明治後半くらいに発明された新しい飲み方であり、この黄色のお茶が本来のお茶の色。

湯温を上げつつ、2煎目の渋み、3煎目の苦みを舌に転がし、鼻に逃がす。
その味香の変化が煎茶の愉しみ。
だから煎茶の湯呑みは一口で飲み干せるほどのかわいいままごとサイズ。

この愛媛の極上煎茶を淹れるのはいつも僕の役目。
湯温を睨みつつ、タイマーで計り、ゴールデンドロップを注ぎきる。
子供たちに愛媛を懐かしむ表情が見られたら成功だ。

ふと時計を見ると、1時間が経っていた。
うんうん、それでいい。
キッチンで湯と葉にまみれて忙しくしたが、心は実に軽やかだ。
極上の癒し時間を過ごし、僕は昼からの仕事に立ち向かった。

先生、今年もまた愛媛のお茶に救われました。
ありがとうございます。
あんなに小さかった子供たちも、長男は4月から社会人に、娘と次男はそれぞれ大学と高校の最後の1年に入りました。
またいつかお会いできる日を楽しみにしています。

(2024/5/29記)

サポートなどいただけるとは思っていませんが、万一したくてたまらなくなった場合は遠慮なさらずぜひどうぞ!