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ドラマティックな演出家 香りの誘惑


テレビから流れて来る梅雨明け宣言。


「やれやれ。 
やっと、うっとおしさから解放されるわ」


縮毛気味の私の髪。
湿度が大敵で、若い頃から梅雨時が悩みの種です。


丹念にヘアアイロンをかけて髪をスタイリングしても、直ぐに湿度が髪を膨らませ、ヘアスタイルが爆発してしまいます。

鏡に映る自分の頭を見る度にウンザリし、憂鬱な日々が続いていました。


でもね、
梅雨時には、その大嫌いな湿度が味方になる楽しみがあるのです。


何だと思います?


それはね。
お香を焚く事なんです。


私は普段からよくお線香になったお香を焚くのですが、お香を高らかに薫らせるには、高温と高湿度である事が必須条件らしいのです。 


ゆえに、梅雨がベストシーズンなんですって。


それを知ってからは、梅雨時には、しょっちゅうお香を焚くようになりました。


お線香の赤い火は瞬く間に白檀の甘い香りに化け、ダイレクトに脳を刺激し、ある時は心を鎮めたり揺らしたり。


香りに心を委ねていると、今、放映中のドラマ「光る君へ」に登場している清少納言が、「枕草子」にしたためた梅雨時のハプニング「五月の長雨」が、ドラマを見ているように浮かび上がって来ます。

梅雨の頃だったわ。

中宮、定子様のお部屋に尋ねてらした藤原斉信(ただのぶ)様が、お召しものに焚き染めておられた香りの艶っぽさと言ったら、忘れられないわ。

雨の湿度って、香りをより一層艶めかしく変化させるらしいの。

うっとり…
魂を奪われそう…

どんな香りを合わせらっしゃるのかしら?
なんて魅惑的な香りでしょ。

次の日も残り香が御簾に漂って…
(みす:貴人の居る部屋にかけられた目隠しのすだれ)


若い女房達がその香りに夢中になってるのよ。

「まぁ!くんくんして、はしたない!」

なんて言えないわ。


私だって、未だ香りの余韻に浸ってるんですもの。


このシーンを、拙いながらも白木蓮流に訳してみるとこんな感じでしょうか。


「光る君」へで、見事に清少納言を演じておられる「ファーストサマーウイカさんが、この台詞を喋ってると想像してみて下さいね。
彼女の好演は、私の清少納言像にぴったり!

斉信は道長の従兄弟で、お父さん同士が兄弟の関係です。

そうそう「光る君へ」に斉信の妹、よしこが登場しましたね。


花山帝の寵愛が過ぎて懐妊中に死んでしまった、あの気の毒な女性です。

よしこは、色好みで悪名高い花山帝が執着しただけあって、相当な美女だったらしく兄である斉信もイケメンだったとか。


この時代、貴公子と呼ばれた人達には共通の条件がありました。
一流の家柄に教養を兼備え、その上に美形である事。


正しくそれに相応しい貴公子であった斉信が、魅力的な香りを纏い現れたのですから、
清少納言が舞い上がったのも然り。


(この時代の貴族は香水の調香のように、香りを自ずから調合して好みの香りを作り、衣装を伏籠に被せ、香りを移し楽しんでいたのだそうです。

   薫衣香:くのえこう)

下の写真は女房の薫衣香の場面 (京都風俗博物館)



これは、あくまでも私の想像ですが、斉信はとてもお洒落な人だったのでしょう。


お洒落な人は男女を問わず、本能的に自分をより魅力的に見せる方法を知っています。


斉信は自分のイメージにぴったりのお香を調合し、その香りの効果によって、彼の貴公子像が更に優雅に演出されていた筈です。

一流の貴公子達からモテモテで、男性の香りが身近なものであった清少納言を蕩かせ、枕草子にまで登場させる程に。



香りと言うのは思いの他、
人の心を惑わせるものです。


私がそれを知ったのは、
思春期の最中、14歳の時でした。

1975年。

ユーミンが未だ荒井由美さんの時代でした。
「あの日に帰りたい」が大ヒットの兆しをみせていた頃です。

私は故郷の田舎町に住む中学2年生。
算数が嫌いで苦手で、特に方程式がちんぷんかんぷん。
高校受験の準備に、家庭教師を雇って貰う事になりました。


私の先生になってくれたのは、7歳年上で都会育ちの大学3年生。


全盛期の西城秀樹さんのように、少しカールしたロン毛に、流行のアイビールックがよく似合うお洒落で垢抜けた青年でした。

ハンサムではないけれど背も高く、今の言葉にするなら「雰囲気イケメン」でしょうか。 

初対面の時すでに彼に憧れめいた感情を抱き、眩しい存在だったのですが、その気持ちを煽ったものがありました。

それは、忘れもしない彼のコロンの香りです。



彼が家庭教師に来る時は、いつも柑橘系のコロンを付けていて、香りがプンプン漂ってくるのです。  

その香りを嗅ぐと胸はドキドキ。
頭はハートマークで一杯になり気はそぞろ。

方程式を解いているどころではありません。


当時の田舎町では、女性が香水をつけるのは既にポピュラーでしたが、男性の香りは一般的ではありませんでした。

メンズコロンの存在を、コマーシャルや雑誌で見て知ってはいるものの、私が、その香りを体感するのは初めての経験だったのです。


隣に座わっているイカした男性から漂う甘美な香りに、ノックアウトされ、


「私、この人が好きになっちゃた気がする」

と、舞い上がってしまった私。


彼には半年余りお世話になったのですが、勉強に身が入らなかった私は、数学の成績が上がらず横ばいどころか下降気味。


そんな訳で契約解消となり、もう先生に会えなくなったのが残念でしたが、思い出すのは彼の顔ではなくて彼の香り。


自分の思いを表す言葉が見つからず、混乱したあの日。



半世紀を経た今なら、 
14歳の私の気持ちがわかるのですが。

あれは、香りを通して男性の色気を感じた人生初の経験だったのだと感じます。


爽やかな21歳の青年に、コロンはセクシーなエッセンスとなり、彼の雰囲気イケメンのイメージを、更にアップさせる手助けをしていたように思うのです。



「あの日に帰りたい」は先生が私に勧めてくれた曲でした。

香りの誘惑にさえ戸惑っていたピュアな少女時代。


「あの頃の私に戻って貴方に会いたい」 

今もこのフレーズを聴く度に、先生の香りを懐かしく思い出す私です。



香りは心をくすぐる魔力であり、自分を演出できる道具でもあります。

私は今まで、フレグランスは少々苦手だったのですが、今回、この記事を書き進めて行くうちに、香りの力を再認識し、是非、私だけの香りを探してみたいと思うようになりました。

一千年の時間を超えて、
清少納言が気付かせてくれた
香りの実力。


是非味方につけて、

「あの人、残り香美人ね」 

と、呼ばれるようになりたいものです。




貴方には、お気に入りの香りがありますか?

































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