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山の上ホテルへ

私はたいてい大晦日を自宅以外で過ごすのですが、いつか泊まりたいと思っていたのが山の上ホテルでした。
10月頃にホームページを見たら1室だけ空いていて、あわてて予約。その後、2024年2月に閉館されるというニュースを知って「これは無駄にしてはいけない」と、決意を固めて出かけてきた探訪記です。
(以下写真がありますので、これからいらっしゃる方はご注意ください)


エントランスの天井
フロア上階から階下
階段吹き抜けのステンドグラス

山の上ホテルの素晴らしさについてはもう、数々の文豪が記しているので私なぞが今さらレポートするまでもないのですが、乙女文化を愛する者として、物書きの端くれとして、やはりここに記さずにはいられませんでした。

ホテルマンの方に荷物を持っていただき(ホテルの方が皆さん本当に丁寧でお優しいのです)、部屋へ案内されてすぐに感じたのは、吸い込まれるような静寂と安心感。普段暮らしている賃貸マンションでは、もうずっと忘れていた感覚です。
「ああ、こんな空間にいたら原稿が捗らないはずがない」と思いました。

クローゼットの扉を開くと、中の蛍光灯がつく仕組み。
その「パリンパリン……」という音が久しぶりで、なんとも慕わしかった

荷物を下ろした後はしばらくロビーや階段で写真をパチパチ撮っていましたが、いくら閉館するとはいえ(そして奮発したとはいえ)必死すぎるのでは……と自分の行いが恥ずかしくなり、部屋の空気を落ち着いて味わおうと帰還。
なんといっても、山の上ホテルで叶えたかったのは「部屋で原稿を書くこと」なのですから!

いざライティングデスクにパソコンを置き(理想は万年筆と原稿用紙)、空調の音だけがかすかに聞こえるなかで原稿に向かってみると……すっと集中状態に入れて、それがまったく途切れません。
ああ、叶うなら、ずっとこの部屋で美しい文章を綴っていたい。カンヅメにされてみたい。
晩年のココ・シャネルは、パリの自分の店から程近いホテル・リッツで暮らし、そこで息を引き取ったそうですが、このホテルでそんな暮らしができたなら……と、ため息をつきつつ夢見てしまいました。

夕食はルームサービスでシュリンプカレー(エビがプリプリでした!)、朝食もルームサービスでパンケーキを……と思っていたのですが、元日と翌日は館内レストランで朝定食のみ営業とのこと。
先に確認しておけばよかった……と部屋で寂しく過ごしたのですが、喫茶ラウンジでお正月の振舞い酒をいただきました(枡に持ち帰り用の袋も付けてくださいました)。
ラウンジには、三島由紀夫や池波正太郎などゆかりの作家の直筆原稿がいっぱい。どこにあるのかと館内を彷徨っていたので(大晦日はおせちのお渡し会場のようになっていて入れなかったのです)、ここにあったのね!と感激。
展示品のほかに、山の上ホテルの歴史やデザインの工夫を紐解く解説映像もあり、勉強になりました。

ちなみに、プリンアラモードで有名なパーラー「ヒルトップ」はかなり混雑していて(現在は整理券を導入しているようですが、元日の早朝でもすでに待機が始まっていました)、以前一度だけ入店したこともあるので、今回は遠慮しました。

実は予約した後「私がこんな贅沢をしていいのかな」「出費が……」などとずっと逡巡していたのですが、思いきって訪れてよかったと心から思います。ほかに代え難い静寂と安らぎを体験できたことで、本当の豊かさについて学べた思いです。
(そして、それを落ち着いて楽しめる品格を持ちたい)

小ぶりで素朴なクラシカルホテル。人に例えるなら、慎み深く物静かで、けれど親しみやぬくもりの感じられる……という感じでしょうか。
そんな、何度でもまた会いたくなるような「別世界」が、この高台にはありました。

この記事をもって、すみれ文庫の新年のご挨拶とさせていただきます。皆さまの新年が素敵な一年になりますように!



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