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解けない魔法

「あなたの使う言葉は、あなたそのものだよ。」

小学校3年生の時、担任だった先生が大好きな笑顔とともにくれた言葉。
学年の終わりになると、先生は生徒たちが1年間通して書いてきたものを全てまとめた文集を一人ひとりに手渡してくれた。生徒たちの文字はそのままで、それに対する先生のコメントはすべて手書きで。大学生になってから先生のご家族に聞いた話によると、先生は当時夜な夜な文集を作っていたそうだ。
運動会に向けて練習したエイサー、『ちいちゃんのかげおくり』をみんなで再現しながら読んでいった国語の授業、心が揃うまで時間のかかった音楽会のこと。読み返してみると先生が私たちに書かせていたのは、成し遂げたことそのものではなく、そこに至るまでの過程だった。

君はどんなことを感じた?どんなことを考えた?何に心が動いた?

先生は、一般的にはネガティブに捉えられるような感情を言葉にすることも決して否定しなかった。友達に対する嫉妬や怒り、そういうものも素直に言葉にすることを受け止めてくれた。

色々な感情を知ったね。次に同じようなことが起こったらどうしてみようか?

先生の言葉は、魔法みたいにみんなの言葉を引き出してゆく。そうそう、当時先生は本当に「魔法使い」と呼ばれていたのだ。こんなにもみんなの正直な言葉を引き出していく先生は魔法使いなのかもしれないと信じてしまうほどだった。

そんな先生が文集を手渡す時にくれたのが冒頭に書いた言葉だった。

「あなたの使う言葉は、あなたそのものだよ。
 これからもどんどん書きつづってね。」

誰かの言葉を借りるのではなく、自分の言葉で綴ること。自分の心を、使う言葉に乗せていくこと。そうやって紡いだ言葉は、自分を表すとともに自分を形作るものとなり、誰かの心にもきっとそっと届く。
今は亡き先生の言葉から、私はそんな心そのものをもらった気がする。

何十枚もの藁半紙が束ねられた文集のざらざらした手触り。20年以上の時を重ねた懐かしいにおい。先生の手書きの文字。先生の魔法にかけられたままの私は、今日もまたこの文集を開いてしまう。

#大切にしている教え

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