愛しの母

母が緊急入院した。
12年前に乳ガンで手術して以来、抗がん剤治療などを続けてきたが、それでもガンは完治することなく、他の部位へと転移していき、肺に水が溜まる等の症状もたまに見られた。
母はもともと糖尿持ちでもあり、ガンになると他の病気を併発するおそれも高かったため、週に一度は病院通いを余儀なくされていた。
抗がん剤とは身体に大きな負担のかかる、どぎつい薬で、いっときは頭髪がなくなり、丸坊主になった母の、恥ずかしそうにニット帽を深く被っている姿も目にしたことがある。
それでも、年に数回、実家に帰って母と話をする時は健常者と同じように元気な様子で、日常生活をごく普通に送るうえでは特段心配することもないように感じていた。
それが、突然ガン細胞が活発に再稼働し始めたのか、また肺のほうに水が溜まりだしたらしく、息苦しさや倦怠感が生じて我慢できなくなり、かかりつけの総合病院へ救急外来で診てもらいに行ったところ、即入院となったそうだ。
父は、息子に心配をかけさせまいと、母の入院について黙っておこうと思っていたそうだが、『遠からず心停止状態になる可能性あり』という医者からの説明を受け、連絡した方が良いという結論に至ったとのことだ。
それで今日、急遽仕事を休んで、父と妻と3人で母のお見舞いへと向かった。
母のいる病室へ看護師に案内され、白いカーテンをめくった先に、一見弱々しそうな表情で、どことなく全身がだるそうに見える母の姿が目に入った。
ベットに横になってテレビを見るとも見ないともつかない母と言葉を何度か交わしたが、母の顔を見るのが途中で辛くなって、父と妻よりも先に部屋を後にした。
担当医から直接話を聞く機会はなかったが、話を聞くまでもなく、これまで以上に母の身体が弱っていることを自分の目で直接見ることにより、肌で感じられた。
もし、母の体力が回復し、在宅療養ができるまでになれば、これまでよりも更にきつい抗がん剤が打たれるようだ。つまり、今までの抗がん剤だと既に効き目がなくなっているらしいのだ。
ガン細胞とは、どれほどタフで厄介なものなのだろうか。
母は今年で確か71歳だ。
今の御時世にあっては、まだ若い方だろう。
母には、これから成長する孫の姿を、もっと目に焼き付けて欲しいし、応援してあげて欲しい。
それに、俺自身が、まだまだ親孝行できていないじゃないか。
まだ、逝かないで欲しい。
頼むから、治ってくれ。



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