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『誘惑する犬』ヴー・チョン・フン短編翻訳(14)

 その日、バー爺さんは財布を開き犬商人に一ドンを払う決断をした。今さっき買われてベンと名付けられたこの犬は、婆さんの意見によると、異相を備えているとのことだった。このことが爺さんをすこぶる幸せにした。犬はよく肥えた短足で、口と耳はどちらも鋭く短かった。顔はミミズがうねったようなこうもり顔で、毛は虎のように黒い縦縞模様のついた黄褐色をしていた。
 爺さんは自分以外に誰がこのような財と多くの機会をもたらしてくれるであろう犬を養えるかと、隣人という隣人に自慢をした。犬科にもまた人科のように人相学があり、爺さんの犬であるベンについて言えば、狼爪のついた他のどの犬よりも、また紅スズメたちのカルテットよりも貴重に思われた。それもこの犬の四肢の短さによるものであった。

 バー爺さんの見たベンの人相が正しかったのか間違っていたのかはわからない!犬を飼ってから三四日経ってもまだ爺さんに財を成す機会はやって来なかったし、犬が与えるものといえば婆さんの足に飛び掛かってする一噛みばかりだった。一噛みといっても、歯が肉に少しばかり食い込むだけで、彼女の肉を噛みちぎるなんてことはなかった。しかし、婆さんの着ている絹スカートはすでにボロボロで二インチほど失われてしまっていた。金のかかりそうな前兆である!
 支出を考えればおよそ四肢の短いだけの犬が絹のスカートほどに貴重なわけがない。であれば躾を施すのは当然であったが、爺さんは婆さんを説得しようと言った。
「犬だってかごから放たれてまだ一日経ったばかりだ。まだ人に慣れていないんだよ。スカートだって、誰も婆さんが伝言もしないで夜遅くに帰ってきたなんて言いやしないよ」
爺さんの必死の説得と希求にもかかわらず、婆さんは爺さんの意見も聞かないで、巨大な竹の筒を掴んだかと思ったら雨のようにベンの背をそれで打ち付けた。
「こいつこっそり噛みつきやがって!主人と私を裏切るというのか!」
「キャンキャンキャンキャン」
 ベンは殴られている間、ただ叫ぶことと涙を止めどもなく流すことしかできなかった。その与えられた傷もひどく重症に思えた。
 異相を備えた犬のための弁護が失敗に終わったバー爺さんの不満は数日で消えていった。というのも爺さんたちの客人に対してはそれ以来犬もへりくだるようにもなり、四本の牙が使われるようなこともこれ以上はなかったからだ。またいつも見知らぬ人間が来たとしても犬が許可されていた行動は唸り声を上げるか、行き過ぎたとしても精々空威張りで吠えるくらいであった。この犬の怒りは古い制度に立ち向かう役人のそれと何ら異なることはなかった。里に下りて来た古い役人が期待していることといえば・・・なんせ、茶会で酒を飲むことばかりだったのだから!

 噛みつくという行為は一般的に犬たちの逃れがたい天性ではあることは知られていたが、どんな時においてもベンは牙をむきだしたいのを我慢して手足と首を引っ込めながら鼻をならすばかりだった。にもかかわらずベンを見れば人はすぐに声を上げて彼を追い払うのである。その度にベンは筒で殴られるイメージが湧き、また自分は叱られて暴力を強いられるのではないかと思った。彼は急いで背中を丸めて机の下の隙間に入り込みそこで横になった。隙間にいる時の犬はとても平たく両目には安閑が見受けられた。もし犬に物が言えるのであったら、おそらく彼はこう言ったであろう。
「チェッ!俺のことは構ってくれるなよ」
 生活に慣れると徐々に犬もただ飯の時間が来たら飯を食べ、食べ終わったらどこか蝿や蚊の少ない高燥な場所を探し、うたた寝をしては頭を両足の間に置くようになり、その見てくれは全てのことに無頓着な年齢に達した人のようになっていた。
 毎日十分な量の飯を二回、朝は九時頃まで寝て、午後の飯が終わると再び昼寝を興じた。このような人生も退屈極まりない。であれば時間を潰すために女の子と戯れようと彼が考えるのも自然の流れであった。何ら苦労もすることなく、いつでも意のままに好きなだけ食べることや遊ぶことが体に染みついて、日を経るほどにベンは益々ふくよかになっており、毛並みもまるでベルベットスカーフのような輝かしさを保っていた。見てくれはもう完全な金持ちの公子である。その美しい姿には自然で粋な様子があり、ベンにとって外に出れば意気揚々とした気分になるのも当然なことであった。ベンが少し遊びに出掛ければすぐに隣犬たちから注目の的になった。ベンという犬は少し顔を出すだけで社会を騒がせ、多大なる影響を与える存在であったのだ。犬を飼っている家であれば、その犬たちが一群を成してベンに熱狂する声を聞かないことはなかった。ベンのこのもてようは人間でいう美男子のそれであった。

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