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『自由』ヴー・チョン・フン短編翻訳(10)

 その日の夕方、女主人は足の裏全体にできた赤みを搔きむしりながら叫んだ。
「もうとってもかゆい!蚊がこんなに多くっちゃ、このこの!」
 直ちに男主人は下男を呼んだ。
「お前は一体何の作業をしていたんだ。三四か月の間に花園がまるで森のように茂ってしまっているじゃないか。ちゃんと庭がきれいになるように切って来い!」
「申し上げます。実はご主人様たちから何か忠告受けるとは思っておりませんでした・・・。鋏を持って手入れをしようかと試みた日もあったのですが、トゥーお嬢様が私をお叱りになりまして、茂みはそのままにして置くことが美しいのだとおっしゃっておりましたもので」
「あの子は子どもじゃないか・・・、あの子は何も分かっちゃいないんだよ!明日の早朝からお前はこの家に留まって、花園の手入れをして置くように!」
「かしこまりました」
 男主人はしゃべりながらベランダの方に向かった。
 男主人は花園を見渡すと叫んだ。
「あれじゃあ、こんなに蚊が多いのも不思議じゃない!お前は自分の義務を果たしてもらえばいい。俺は庭を一回りするが、何も惜しむことはない。バラ、ハイビスカス、ミサオノキ、早いところ全て今の半分くらいにしてくれ。コウスガヤについては各茂みごとにむしり取って半分に減らしていってくれ。俺はむしり取ると言ったが、つまり鍬を使ってやれということだ。本当に手でむしろうとしたら、手を切るし最悪死ぬからな。やるんじゃないぞ!」
 後日早朝、下男は鍬を片手にそれを背負い、もう片方の手に大きな鋏を携えて花園へやってきた。すると彼は子供用の椅子を一つ背負いながらやってきたトゥーお嬢と出くわした。彼女はミカンの木の根に椅子を下ろすとその上に座った。その時はまだ両主人とも庭の手入れについて彼女に伝えていなかったのだろう。そこで下男はこの主人の娘を他の生意気にしている召使たちにするように厳しく叱った。主人がいないとなればいつも彼は彼女に対してこのように振舞っていた。
「部屋に戻りなさい!椅子も持って行きなさい!朝早く起きてみれば、花園に来て、何をするかと思えば人様の邪魔ですか!」
 十二歳になったばかりのトゥーお嬢はこの下男を怒らせないことはなかった。彼女はただあどけない様子でほほ笑むと、ライチの木を指さして懇願する調子で言った。
「ねえお兄さん!あのトンボを捕まえて私に頂戴よ!」
 下男は鍬と鋏を地面に置いた。偶然青草の芝の中にその昆虫を見つけてしまったのだ。それを見やると、彼はその場所まで歩み寄りゆっくりと手を伸ばした・・・。しかしトンボは素早く飛び上がった。その様子はまるで人間に自分を捕まえてみろと言わんばかりに挑発的なものであった。自らに怒りを覚えた下男は再び無垢なお嬢に対して吠えた。
「お行きなさい。これから花園の手入れをしないといけないんです」
 トゥーお嬢はおよそ泣きそうな様子でむずかった。
「だめ、わたしは花園のお手入れなんてゆるしてないよ、このこの!」
「存じております。そう泣かれましても、私はご主人さまにもそうお伝えしましたよ!しかしご主人様は手入れをするよう言われてしまったのです。むしろ私の意志ではどうにもならないのであります!」
 トゥーお嬢はここに来て本当に泣き始めてしまった。涙の粒がゆっくりと真珠のように輝きながら走った。すすり泣く子の様子は苦痛と悲しみに身を焦がした人のそれと似ていた。彼も同情が極まったのか、早速先ほどとは異なった調子で言った。
「泣かないでください。トゥーお嬢様どうか我慢してください。我慢して頂ければ、私がおしゃれな衣をたくさん着たイナゴを捕まえてきてあげましょう。おばさまの服のような紫色や赤色や青色のイナゴですよ!きっと見つけますから!ですからどうか、我慢しておとなしくしていてくださいね」
 この約束は泣き止まない子どもを強制的に笑顔にさせてしまうほど十分な威力を備えていた。
 子どもが泣き止むと下男はどこから手を付けるべきか検討するため花園をざっと一周見渡した。芦ほどに高く伸びたコウスイガヤたちが繁茂しており段々畑の秩序に抗って乱雑に乱れていた。細く長く伸びたバラの枝は花園にやってきた客人の首元を引っかく機会を窺うかのように辺りに広がっていた。それは客人に薔薇の花には棘があることを思い出せるだろう。狂ったように生えるジャノヒゲは畦道を作っており、もはやその様相はジャノヒゲと言って良いものか判別しかねた。ハイビスカスたちはその花びらを地に散らしていた。またそれらは腐りだして茶色く変色しており、そのじめじめとした粘り気が泥沼の溜まりを思わせた。園の周辺にはミサオノキが茂っていた。所有者を持たずに深い森の中で自由に生える植物のごとく彼らは無秩序であった。特に注目すべきことにこれらミサオノキは彼らが覆う全てものに沈黙を強いた。それで客人たちは外の通りを歩いてみても、その内側にある青く美しい別荘を見る手段が失われてしまっていた!
 真っ先に使用人は生け垣を直すことに着手した。
 始めトゥーお嬢は辛抱強く待っていたが、家の中へ戻り朝ごはんを食べた後にはおばさんのようなお洒落な服を着たイナゴのことをすっかり忘れてしまっていた。

 真っ直ぐと太陽の光が午後の空の頂より落ちてくる頃、茂みを刈っては草地の上に枝を落としていた下男は若い鳥の声を一回聞いた。
「チッチッチッチ・・・!」
 彼は手を止めて狙いを定めると折り畳み梯子の上から地面に飛び込み、そのまま花草の堆積の上で両翼を垂らしていた鳥に飛びかかった。彼は童心に返って喜んだ。急いで家に走り寄り人を大声で呼んだ。
「トゥーお嬢さま!そこで鳥を捕まえました!」
 子どもから男主人や女主人まで、家族皆がその時宝くじに当選の似た喜びを得た。人々は食べかけのご飯をほっぽりだして下男を取り囲み、鳥を観察した。粗暴な男の手の中に捕らえられた鳥は声を枯らして訴えるように鳴いていた。
「チェットチェットチェットチェット!」
 男主人は発明品を発表するかの如く声を大にして言った。
「あっ!これはコウラウン(※Red-whiskered bulbulアジア原産のヒヨドリ科。頭のトサカが三角にとがっているのが特徴的。英語名が示すように頬の辺りに赤い羽毛が生えている)だな!」
 下男は地面の下にその鳥を置くと、すぐに立ち上がりまるで戦功を得たばかりの兵士のように手をこまねいて立っていた。
 なるほど、それは確かにコウラウンであった。その両翼は十分に羽を生やしていたが胸部の辺りに関してみると、その白い絹糸が赤みの肉体を覆い隠すほどには十分ではなかった。胸部の下を注目すれば、腹は膨らみ重く大きい。くちばしはVの形をしており、濃く厚みを持った二色の黄色が両側面に塗られている。それにしても特徴的なのは頭のてっぺんに生えた毛で、それは家畜の鶏のように上へ突き出すようにして生えていた。女主人はふくれっ面で言った。
「これがコウラウンですって!ハクセキレイじゃない!」
 下男がすぐに返した。
「申し上げます。コウラウンでもありハクセキレイでもあるのでしょう!」
 この若鳥は恐れる素振りで辺りを呆然と見渡した。飛ぼうとしているのだろう、鳥は両翼をはためかせながら依然懸命に鳴いた。前回の鳴き声とは異なっていた。
「チーフィチーフィチーフィチーフィ!」
 それは父と母に「危ない、助けて!」と呼び掛けているかのように聞こえた。すると突然、若鳥は空中を飛び出しトゥーお嬢の後方を素早く駆けた。ひさしのある戸の方に向かってまっすぐ飛んでいく姿に家族全員が驚きときめいた。ただ若鳥もまだ十分に飛び慣れていなかったのか、廊下の壁に胸から自らを打ち付け、怪我も避けられない形でそのまま地面へ落ちていった。
 トゥーお嬢は素早く走り寄ってその鳥を捕まえたが、鳥は再び羽を起こし飛び出した。今度は花園の方へ飛ぶとミカンの木の根元に落ちた。下男が走り寄り漂い浮かぶそれを再び捕まえた。
「チックチックチックチック!・・・」
 粗暴な男の手の中で、鳥は声を枯らしてもがき鳴いた。そうしていると下男の頭上にあるミカンの枝からも鳥が驚き鳴く声がした。
「ホーホーリーイウ!ホーホーリーイウ!・・・」
 「毛の生えない両足類」の言語について言及すれば、その鳥たちが放った言葉は下品ではしたなく相手を罵る語の音声に似ていた。まさしく枝の上の二匹の鳥はこの若鳥の両親であった。
 若鳥の父と母に気づくと、下男はいたずらにその子どもを高々と掲げた。二羽は下男の手のひらの辺りへ飛んできた。彼らは子を救済するすべを見つけ出そうとしていた。両翼を激しく羽ばたかせながらも空中の一か所に留まっていた。その様子は水の中へと自らを投げ込む前に池の水面より上で魚に狙いを定めながら停止飛行を行う種の鳥のようであった。子を助けるすべが本当にないのだと悟ると二羽は飛び上がり高所にある枝に止まった。
「ホーホーリーイウ!ホーホーリーイウ!・・・人間め・・・不届き者!不届き者!」
 男主人は妻を見て尋ねた。
「恐くないかい?気味が悪いんじゃないか?」
 妻は答えた。
「子と親の情というものは鳥類であってもあのようなものなのね」
 男主人は下男に言った。
「そうやって飛んでもみても落ちるということは、巣から落ちてきたに違いない。お前はその巣を探して何かないか見てこい。俺はそこにもう一匹は若鳥がいると思うな。なぜなら、いつも鳥類というのは卵同士が一緒になって孵化するもんだからな」
 召使の男は生け垣近くの草地の辺りで巣を探し回った。しばらくすると男は鳥の巣を持って帰ってきた。巣の中にはさっきの若鳥が一匹とさらにそれよりも若く幼くそしてまだ鳴き方もしらないような若鳥がいた。


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