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『祝い』ヴー・チョン・フン短編翻訳(17)

 この日ファン・ウエン氏は明瞭に光栄とは何かを理解した。貴重な祝いの品々、壁の至る所に列挙され吊るされた赤い対句屏風(※冠婚葬祭などの行事に適切な文字の書かれた屏風で、二つで一組の文章になっていることが多い)の数々、これらに使われた金額分のほどには十分と彼の心も満足していた。賑やかな会食の光景にも二日目に関してはこの老人も苛立ちを覚えることはもうなかった。赤い土台の上に黒い字で書かれた祝辞を読み、彼は新たに思うところが芽生えた。
「なんとまあ、私のあずかり知らない所で、自分は今も昔も多くの徳を持つに至っていたのか。死者が対句屏風の前に泣き霊魂を満足させた時の喜びとは、きっと今の私の心情に近いのだろう・・・、本当に豪華で愉快だ。さぞ祖先たちも名誉に思ってくれているはずだ」

 二日間にわたる祝い事の内、昨日は親戚や彼の子どもたちのみで催されたのだが、まさに今日は省の一帯から客人を招いて行われたばかりなのであった。会場には彼の同僚や友人たちが座る各テーブルが用意された。彼らの大部分は儒家であり、またその過半数は官僚階級で勲章持ちである。そうした多くの人が集まる中で一際目立つ人物が布政(※主に財政にかかわる官僚)と官府(※上級官僚)であり、二人は彼の妻の側の親族であった。彼らが来れば、この老人の面子もさらに高まるというものである。客席にはタムの親しい友人、つまり子どもたちの親族の側にいる人もいた。彼は耳と面が異様に大きく西洋哲学に精通していた。会場の隣の小部屋には、キリスト教徒の女たちや娘の友人たちが集まっていた。この宴会に参加した誰もがこの場を楽しみ、場は十分に活気を備えていた。彼が今まで世を渡ってくるにあたり、如何に豊満な金遣いをしてきたかがこの光景から窺えよう! 彼はこの村へやってきた時から、村人たちとの優美な社交を欠かさなかったのだ! 客人たちは次々と順番に時間を区切ってやってくる。自家用車に乗り、さらに会場の外にはもう二台の車を待たせているようなそんな輩たちが大勢と! これらのことを踏まえると、もはやこの老人の虚栄心も子どものそれとさして変わらない・・・。
「お前たち全員見て見ぬふりしているな!白々しい!人が命じているんだぞ。酢をもう少し持ってこいと呼んでいるというのに、どいつもやってきやしないじゃないか!」
 彼の怒号は弾楽器や太鼓の音、歌声、拍子木の音へ混じり失われていった・・・。彼は前後を見渡すと、頭を振り長い溜息をついた・・・。家には若い従者が三名居たが、そのうちの二名は遠方の各席に出来立ての御馳走を乗せた器を両手で支え運んでいる最中で、またもう一人は雨樋に百編み爆竹を縛る垂らすことにあくせくしていて気づきそうにない。彼は台所の方へ向かうつもりで歩き始めたが、何者かが快活な声が彼に話しかける前に突然手を掴んだ。
「ご尊老!私のところに是非いらしてください!」
 それは若い客で、老人は彼の名前をはっきりとは憶えていなかったが、尊大さを見せないその話し方が彼に良い印象を与えた。
「分不相応なことをお願いする次第ですが、実はご尊老をお祝いしたく何とぞ歌を一つ披露できればと思いまして、お気に召すものができるかは存じませんが、どうかひと時のご観覧を願えればと存じます」
 その若者は彼を椅子に座らせると、白紙に黒字で書かれた詩を持ち出してきた。さらに太鼓の撥を老人の手に握らせると、さらに続けた。
「ではご尊老を祝いまして、歌います。なおご尊老につきましては是非太鼓の演奏も楽しんでいただきたく、皆様もお聞きください」
 衆人環視の手前、ファン・ウエン氏は恥ずかしさのあまり我を忘れて、撥を彼に押し付けた。若者はたじろいだ。
「じゃあ詩の方を・・・、あと、少々・・・お時間を頂けますか、実は私も芸者のようには撥の打ち方を知らないものでして」
 老人は眼鏡を上に引っ張りその詩を読み上げ始めた。文を朗読する度に、楽しく幸せそうな様子が彼の顔に広がっていくように思われた。ただ結局、長々と品評することも知らないので、彼は詩を作者の下に返し、これ以上は断った。
「愉快ですね!私が太鼓の叩き方を知らないことが悔やまれます、是非続きを聞きください・・・いい文章ですから!」
 芸者にその紙が手渡された時、彼は恥じ入る思いだった。自分は何と田舎くさいのかとある種の怒りを覚えていた。美しい芸者と優雅な詩の趣は本物らしく、彼は今昔と人々が口々に言うような下劣な若者ばかりではないのだなと思った。
 ただ当然であるが、そんなことを言っていた作者もこの詩の朗読を止める決定を告げねばならなかった。結局は、詩を報いてやる面子というのも宴会の席で最も職の階級が高い人間の手に握られており、ここで言えば布政がそうで、つまり彼の妻である親族一同の側にあったからだ。布政はファン氏を呼び自分の側に座らせた。彼の前で盃に少量の酒を注ぐと、約束を交わした。その口調は強く厳粛で人を恐怖させるものであった。ちょうど役所の中で人に命令を下す時のような言葉づかいである。
「どうです、太鼓の音が鳴るごとに酒を飲み干していくというのは。こっちに居れば、わざわざ文章なんかに報いてやらんでもいいですよ。けれども作者に同意するところもあります。私もこの富貴の光景とご尊老の安然を称えます」
 皆が拍手をした。さらにその拍手に乗じてもう十人ほどの拍手が続いた。会場の端にある小部屋では、女たちが箸とお椀を置き、低く立ち上がったままいそいそと戸の方に集まり何事かと注意深く会場を見た。たしかに会場は厳かな様子が高まっていたが、彼女たちの前では相変わらずそれも退屈そうに見えた。ファン・ウエン老は手をこまねき滑稽な様子で優しく断りを述べた。
「申し上げますけど、太鼓の鳴る度に酒を飲んでいては量も多すぎますから、まず歌を聞き終わりましてから、一杯だけ頂くことにしてくれませんか」
 数人の年寄りたちが拒否を唱えたけれども、ファン氏は布政の側に帰することもあって、結局は客人たちもこの白髪老人の健康を配慮するに至った。芸者が咳き込みながら声を整え、奏者が調弦を終えると、布政はトントントンと太鼓の音を鳴らした。食事中の客たちは箸を止めて耳を傾けた。彼らは厳正な観客へと転じたのだ。

梅枝に鶴止まればより美しい
次四十年も健康安然永きに渡る
春日の警世 笑い
桃源は開き 昔人を分離する!
家来は実りを刈り取り
桃源の宴へ前の者が後ろの者を連れる・・・
この百年の会を天は誰と約束したか?
白鶴は永く舞い ヌエの停泊場に帰る  (※1)
梅の形見 は昔も今も依然として  (※2)
桃は悠然と深心の桃はさらに春を呼び
弦楽器が乱れ祝う音へ全霊で耳を傾け
菊祝 に乾杯する 人は寿と寂の上に  (※3-1, 3-2)
白き客人たち 誰が詩才をもつか
さあ掴めよ もぎって落とせ 桃仏の実を・・・
この世もまた桃源にせよ

(※1 ヌエ:ハノイにある川。工業用水による影響が最近は問題となっている。(2021年現在))

(※2 梅の形見:優美で脆い様を指す表現)

(※3-1 菊祝:陰暦九月九日の祝い。菊の節供。 3-2  寂:死のこと)

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