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『反転する恐喝』ヴー・チョン・フン短編翻訳(16)

「馬鹿か、お前なんかがやめられるものか!早く起きて二ハオ(※以前使われていたベトナムの硬貨。一ハオ=十分の一ドン)持ってこい、買いに行くぞ、お前もついてこい」
「嫌だ、俺は何もしないぞ。お前がいくら俺に構おうと、俺は行かないからな」
 レー・ヴァンは友人にそう返答すると、口をつぐみ壁の方に顔を背けた。ただ彼にとってその誘惑は非常に辛いものだったのか、結局友人の悪い誘いにも言うばかりで耐えることができなかった。アヘン中毒の症状はすでに三年経ち、快感を欲することが甚だ辛い所業になってしまっていた。それでも彼はこのようなことを敢えて主張するのであった。死ぬんだったらやめると。もしアヘン中毒から逃れられないのなら、ヴァンは自殺しようというのだった。ヴァンは恥をかいたまま生きる人生を嫌っていた。
 加えて言えば、友人は特に心の底から誠実な気持ちで彼を引きずりこもうとしていたわけではなかった。ただヴァンがそれ以上は考えたくもない非人情的な出来事を捕らわれているのをいいことにして、友人が彼に恩をうってやるつもりだったのかは、誰にも定かではない。
 彼は以前恋愛という場における勝者となった。しかしこういった幸せの愉悦はいつでも刹那的なもので、後にヴァンの愛する人も彼に不実を働いたこともあり、この男は友人を連れてアヘンに興じるようになった。忘却の中に幸せを享受したかったのだ。人間の手にも届く極楽の景観に上がることを望んだのだった。
 良美な将来を期待されていた青年は、社会から軽蔑され・・・価値のなく、愚かで、虚弱な者にその姿を変えてしまった。この時期、友人は彼を慰めてやったかと思うと彼をそそのかし・・・その昔ヴァンの恋人が彼に送った恋文を持ってこさせようとした。
 嗚呼、嫌われるくらいなら死に行くのを耐える方がましだった。それかそれよりも何か優れた方法が必要だったろう。軽蔑されるためというよりも、ヴァンはただ何もしたくなかっただけであった。寧ろアヘンに悶えて無形な中毒の苦しみに耐える方が彼にとっては心地よかった。

 骨の節々のだるい痺れと内臓のよじれるような痛みが座っていたヴァンを起き上がらせた。まるで何者かに刺されたかのように彼は腹を抱えた。
「嗚呼!死んでしまう!」
 友人は急に布団を放り出して起き上がり、彼の背中を叩いた。その時彼の両目は吊るされた諸所の明りを睨んだ。狂人のように大きく見開いた目は怒りが込められていた。ヴァンの顔の皺は痛みで歪み絡み合っていた。
 あまりに耐えられない痛みであった。ヴァンは死に対する意見を改めたくなった。彼は思った。
「自分を裏切った人間を愛し続けるなど、何と愚かなことか」
 すると加えて、友人がけしかける機会を得た。
「ヴァンさんよ、道理というものを君も認めねばならない。この世において・・・罪とは何か?石灰のような灰色の人生、自分ばかりが愛に忠実であり続けるのは、自らを愚か者に追いやるということだ。私は今でもあの日を覚えている、五年前のことだ、君は私の下に来て人生における幸せを獲得したなどとほざいていた。ロアンが君を愛してくれたからだな。しかし、その日よりも私がはっきりとよく覚えていることは、冬の風が冷たく吹いていた日のことであるよ。君は私の下に来て、人生に疲れ気力の喪失した顔を見せては私の気を引こうとしていた。そして君は私を連れてアヘンを吸いに出かけた。ロアンは両親の言葉に逆らえるほど十分に胆の据わった女性ではなかったから、結局親の言葉に従い、結婚してしまった!君も覚えているだろう?アヘン盆の傍で長く横たわり、君は何をするということもなくただ嘆いていた。その日君の人生は捨てられたものになったのだから!今・・・今じゃあ、君の人生は捨て去られた人生に果てた!しかしだ、今・・・ロアンの人生はどうだろう?ロアンはタム氏の人妻だ!二人の子どもがいて、自動車を持ち、五棟も備えた家にいる!私は君の苦しみついて尋ねたい。君は本当に彼女に少しでも責任があったと思っているのか?」
 ヴァンは返答をせずに両目を閉じた。二列の涙が流れた。友人は静かに告げた。
「ロアンが君に送った昔の手紙はどこだ?私に渡してみろ!」
 ヴァンは溜息をついた。彼は腕を伸ばて服の中を探り、スーツケースの鍵を筵の上に投げた。

 タム夫人は座ったまま聞いていた。罪に耐えている人のようであった。ヴァンはそこで横になったまま、身動きが取れないままでいた。ただその場から逃げ出すことができたとして、彼は一体どこに行こうか?両者の関係、それは主にロアンを原因として、すでに崩壊したばかりであった。ヴァンは思った。
「自分はこんな薄情な女の前でも恥じ入るべき人間なのだろうか?」
 一通り考えると、彼はまるで自分が良心ある男のように自答した。
「いや、違う」
 そうすると、彼は引き続き横に寝そべったまま、何にも怯むこともなく高慢な態度でロアンを見つめた。
 ヴァンの友人はずっとしゃべり続けていた。それはロアンを怯えさせ震え上がらせるものであった。
「奥様よ、私はあなたに恐喝しようだなんて思ってはいないんだ。私はね、ただ友人を助けてやりたいと思っているのですよ。もう一度ちゃんと見てくださいよ、ねえ、この恐ろしい面を見たでしょう。これが愛のせいで絶望した男の、そんでもってアヘンに溺れてしまった青白い面ですよ。もしあなたが情に忠実であったなら、こんなひどい目には合わなくてもよかったのになあ。今ね、友人はね、三百ピアストル(※フランス領インドシナの通貨単位)必要なのよ、ええ、ちょっと商売用の砂糖を計算するとそれくらい必要でね。あなたが助けてくれるとありがたいんだけど。でさあ、友人がね、昔君が送ってくれた手紙を全部君のところに送り返そうかなんて言うわけ。私もねえ、タムさんには不倫だとか、奥さんが結婚する前にすでに傷物であったとか、そういったことで悩んでほしくなって非常に思っているわけですよ」
 タム夫人は立ち上がった。
「ご主人、この度はお招きして頂き、また色々なお話を聞かせて頂きましたこと、誠にありがとうございます。しかしながら、お金の方は今すぐにと用意できるものではございません。お昼までお時間を頂けましたら、ご満足頂けるものをご用意いたします」
 ヴァンの友人の笑みには皮肉がこもっていた。
「へえ、なんですかお天道様がお金をくれるってんですか。しかし、まあ考えてもらいたいね。警察に報告してもらっても構わないけれど、その場合の準備は私の方でもしてますんで!」
 タム夫人は顔を青ざめて、どもりながら言った。
「じゃあ、いつなら!」
 すると、階段を降りようとした直前、ロアンは振り返ってヴァンに告げた。
「私はあなたを惨めにするために生きているわけじゃないのよ。あなたにはあなた人生を取り戻してほしい!」

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