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【読書録】蜜蜂と遠雷(上)

おはようございます!非凡なる凡人、いがちゃんです!


今日は天気もよく、気温も上がっていくみたいですね。散歩するにも帽子あったほうがいいかも。

久々の読書録。

『蜜蜂と遠雷』/恩田陸

文庫本で読んでいるので、上巻から。


言わずと知れた、第156回直木三十五賞、第14回本屋大賞ダブル受賞作した作品。

コンクールを描いた作品。

音楽の小説というのは、先日読んだ、『羊と鋼の森』以来。


音楽の世界を描いたものって、やっぱりすごいですね!

“音”という文章では表しづらいものを、表現するのってすごい。

音楽で世界観をつくりだす人たちもすごいし、それを小説で作り出すなんて。


僕自身は音楽がからっきしすぎるので、この小説で描かれているような登場人物には憧れます。

いろいろな苦悩や苦労もありつつ、真摯に取り組んでいく姿はとても共感できます。

特に高島明石さん。いいなー。
社会人でありながら、コンクールに挑む。いつまで経っても挑戦できるよなと気付かされる人。
またこのまま三次予選へも残っていってほしいな。


下巻も楽しみです。


上巻で心に響いた言葉。きれいな文章、世界観。

今も音楽家はアスリートであると思っている。
行く先々で出会うピアノはまさに天候次第のトラックであり、ステージは競技場であり、ホールはスタジアムなのだ。ネットワークで繋がれ、すべてが机上のパソコンと電脳空間内で処理できる身体性の希薄な現代だからこそ、ますます生身の音楽家は強靭な身体性を求められると思う。
真摯で思慮深い音には、これだけ恵まれた条件を備えているにもかかわらず、求道者のようなストイックさすら感じられた。
そうなのだ、彼は音楽というものの全体像をつかみたいがため、音楽というものの深淵を突き詰めたいがために、トロンボーンやギターなど、他のアプローチを試してみているに過ぎないのだ。片手間なんかじゃない。あくまでも、それは音楽のためなのだ。ピアノでそこに辿り着くために、手がかりを求めて他の楽器からそれを理解する可能性を探しているだけなのだ。
体験。これはまさに体験だ。彼の音楽は、「体験」なのだ。
「だがねえ、結局、我々はみんな媒介者に過ぎねえんじゃないかって年々思うようになったね」
「媒介者?」
「作曲家も、演奏家も、みんなさ。元々音楽はそこらじゅうにあって、それをどこかで聴きとって譜面にしてる。更には、それを演奏する。創りだしたんじゃなく、伝えてるだけさ」
「預言者、ですね」
ナサニエルが呟いた。
「そう。神様の声を預かって、伝える。偉大な作曲家もアマチュア演奏家も、音楽の前では等しく一預言者である。そう思うようになったねえ。」


さ、今日も気張っていこ(-ω☆)キラリ

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