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X Talks 7.1 - "The logic" の画像診断と "3人のおじいちゃん"

獣医学研究者による対談シリーズ、“VET X Talks” (ベット・クロストークス)。7回目のゲストには、「米国獣医画像診断専門医」の栗原 学先生をお迎えしました。栗原先生は、LIVES(ライブス)という法人を運営し、国内外における獣医師の繋がりを通して獣医療の技術・知識向上を目指す活動に従事されています。2024年4月からは、ノースカロライナ州立大学にAssistant Professorとして着任されます。
 
非常に難しいアメリカの専門医資格を取得されたということで、そこに至る道のりを中心にお話をうかがいました。第5回のゲスト、福島建次郎先生は米国獣医内科学専門医でしたが、福島先生とはまた違うストーリーから学ぶトコロが多い対談でした。特にニュージーランドで出会った “3人のおじいちゃん” のエピソードは、出会いの大切さと「与えられた環境で最善を尽くす」重要さを改めて教えてくれます。
 
栗原先生をお迎えした第7シーズンも、4回にわたってご紹介します。



病気の原因を探る画像診断

--:「画像診断専門医」というのは、どんなお仕事なのですか?
 
栗原 学先生(以下、敬称略)病気には原因があります。(ヒトを診る)医療でも獣医療でも同じですが、それを突き止めるのが診断です。血液検査と並び、病気の原因を突き止める大きな役割を担っているのが画像診断です。
 
画像診断によって病気が治ることはありませんが、診断なくして治療はありません。もちろん、すべての病気とその原因がわかっているわけではないので、診断がつかない場合もあります。でも、基本的には検査をして、「この子、これが原因で調子が悪いはず。だから、こういう治療をしましょう」というのが医療の筋道です。
 
個体差はありますが、診断が正しければ治療の方法もある程度決まります。治療を行う一歩手前のトコロを担っているのが、僕たち画像診断医です。
 
--:具体的には、どんな画像を見るのですか?
 
栗原:レントゲンやエコー、それからCTとMRIの4つがメインです。もう一つ、日本では多くありませんが “核シンチグラフィー” (※)という検査もあります。画像診断専門医は、その5つを見ます。ただし、心臓の超音波検査はやりません。
(※ 放射線同位体や放射線物質を使った画像検査)

前田真吾先生(以下、敬称略)心臓だけは別なんですよね?
 
栗原:アメリカには循環器の専門医がいます。心臓のエコーは循環器専門医が行います。
 
--:ということは、心臓以外、すべての知識が求められるお仕事ですね。
 
栗原:おっしゃる通りです。画像診断医が関わりをもたない診療科ってないんです。内科の依頼が多いですが、腫瘍科も多いです。整形外科でレントゲンを撮らないことはありません。神経関連であれば脳のMRIを撮ったりします。
 
--:体の表面、例えば皮膚や眼などはあまり関係なさそうですが…。
 
栗原:そう思うかもしれません。でも、ホルモンが関係した皮膚症状もあり、血液検査と画像診断で判断することがあります。眼の炎症も、からだ全体の炎症が目に出ていることがあるので、画像診断で原因を見つけるケースがあります。

少なくとも大きな病気の時には、血液検査や画像診断をやらないことはほとんどありません。一度は通るのが画像診断です。
 
--:血液検査と並んで、診断における2つの柱ですね。
 
栗原:そうですね。最初に触診や聴診など、獣医師による身体検査があります。そこでは、例えば脾臓に結節があるとか、肝臓にがんがあるなど、体の中の異常は分かりません。次のステップとして、画像と血液の検査が大きな柱です。


臨床所見と相反する微妙なケースで画像を読み解く

前田:アメリカでは栗原先生のような専門医が、実際にレントゲンやCTなどの撮影はしないですよね?レジデントなどの獣医師が画像を撮るのですか?
 
栗原:アメリカでは、(動物)看護師さんがレントゲンを撮ることが法律で許されています。大学など大きな病院には、レントゲンを撮る看護師さんや技師さんがいます。僕たち画像専門医が動物に触るのは、超音波検査の時だけです。それ以外は、送られてきた画像を読むのが主な仕事です。
 
--:獣医師のリクエストに応じて、担当の方が的確に撮影できる仕組みがあるのですね。

栗原:難しいオーダーの場合、事前に僕たちがどう撮るべきかの指示を出すこともあります。でも基本的には、例えば外科の先生が動物看護師に対して、「骨折っぽいから、腕を撮って」と言われればその通りに撮影してくれます。
 
撮影は僕たちよりうまい人が多いです。「このケースだったら、ここも入れて撮っておく?」という風に、質問も的確です。以前組んでいた人たちは10年くらいの経験者だったので、すごく楽でした。
 
--:たしかに、医療(ヒト)の場合も医師ではなく臨床検査技師が撮影しますよね。
 
栗原:大学病院などでは、ヒトの臨床検査技師さんが動物の画像を撮ることもあります。日本では(法律で)放射線を使うレントゲンとCTは看護師さんが扱えないので、放射線技師さんがやることはあると思います。
 
--:例えばレントゲンは内科医や外科医でも見ることができると思います。「専門医」の場合、画像の見方がどう違うのですか?
 
栗原:まず、「正常がどうなのか」が詳細に頭に入っているのが重要です。基本的には、それと違うから異常なわけです。
 
ただし実際の臨床現場では、画像上は正常じゃないけど放っておいて問題ないというケースがあるんです。見た目は異常だけど、症状が出ないというパターン。逆に、画像上はほとんど問題がないにもかかわらず、重い症状が出ている場合もあります。そうしたケースの診断を下すのが、僕たちの仕事です。
 
画像を2つ見せて、「こっちが異常で、こっちが正常」と示されたら、飼い主さまでも区別がつくと思います。例えばガンがあったら、「ここ、おかしいですね」って言えると思います。
 
僕たち画像診断専門医は、「異常なんだけど臨床的には意味のない異常」と、「異常がないように見えるんだけれども、臨床的には非常に重要な所見」という微妙で難しいところを判断するプロなんです。
 
--:なるほど。非常に微妙な、だけど重要な「見るべきポイント」というのがあるんですね。
 
前田:知識と経験の両方がないと、その鑑別ってすごく難しいですよね。

栗原:そのとおりです。


画像診断とAI

前田:少し話がずれるかもしれませんが、最近AIによる画像診断や病理診断が専門医を超える精度だったという研究論文が医学領域でいくつも出ています。AIと画像診断医との関係性について、栗原先生は専門医としてどう思われますか?
 
栗原:獣医画像診断学でもAIを使った論文は出ていますし、ACVR(American College of Veterinary Radiology:米国獣医放射線学会)の委員会にもAI分科会のようなものがあります。AIを脅威に感じる人もいるかもしれませんが、僕はポジティブな印象を持っています。AIによって、画像診断医が必要なくなることはないだろうという意見です。

診断における最終的な判断や責任は、AIでなく人が取る必要があると思います。「人に説明する」というところをAIが全て代替できない限り、専門医の必要性は残ると考えています。
 
--:マスコミなどでは、時々、AIが全能であるかのように語られることもありますが…。
 
栗原:それには僕は否定的です。「AIに任せておけばすべてOK!診断がばっちりできる!」みたいな使い方は難しいと思います。例えば、「胸水がある・ない」とか、「肺転移がある・ない」といった白黒ハッキリ区別できるような場面ではAIが臨床応用できると思います。でも、AIは診断の部分的なサポートという使い方が、獣医臨床ではメインになると感じています。

特に獣医学では、動物の種類や品種、サイズなど症例の偏りが非常に大きいのがヒト医学との違いです。さらにデータの蓄積、つまりサンプル数も圧倒的に少ないので、獣医療はAIに置き換わりにくい分野だと思います。
 
前田:なるほど…!たしかに "教師データ(※)" となるような、ある程度整理・統一されたビッグデータがないとAIは威力を発揮できないですもんね。イヌとネコで生物種も違えば、大型犬と小型犬のように同じイヌでも品種によって体格も骨格もバラバラ。
(※AIが機械学習に利用する「例題」と「正解」がペアとなったデータ)

だから、獣医学では医学よりもデータベースを構築するのが難しくて、研究だとそれが大きなハードルになるんですが…。それがAIにとっても高い参入障壁となる、というのはすごくおもしろいです!
 
栗原:そう考えると、臨床獣医師ってめちゃくちゃ高度な仕事をしてますよね(笑)
 
前田:本当にそう思います。自画自賛ですが(笑)。僕も個人的には獣医療ってAIには置き換えが効かない分野じゃないかとぼんやり思っていたのですが、栗原先生のお話を聞いて確信に変わりました。データベース化できないニッチな領域がこれから盛り上がってくるはずなので、おもしろい世界になっていく気がしています。

これまでは、「知識を統合すること」が大きな価値を持っていた。でもAIの登場で、これからは知識だけでなく「身体性を伴うこと」の重要性が高まるだろう。みたいな話が、最近よく語られます。僕も本当にそう思いますし、臨床獣医師として、そして研究者としてもこれから強く意識していきたいところです。
 
栗原:おもしろいですね!そう考えると、獣医療ではAIが仕事を奪うのではなく、共存していく未来になりそうですね。例えばAIが画像検査の異常をスクリーニングした後で、画像診断医が最終判断するというような使い方も可能かもしれません。獣医画像診断医はAIとお友達になって、うまく付き合っていくのが良いと思っています。


“ザ・ロジック”な画像診断に面白さを感じた学部時代

--:画像診断というのはとても奥が深そうです。栗原先生が画像診断専門医をめざしたのはなぜですか?
 
前田:そう言えば、栗原先生のキャリアについては麻布大学を出たことくらいしか知らないです。大学時代の研究室はどこだったんですか?
 
栗原:放射線学研究室でした。3年生で入って4年間、がっつり画像診断をやりました。「画像診断って、すっごく面白い!」って思ったのは、その時からですね。
 
前田:どんなところが「すっごく」面白かったんですか?
 
栗原:画像って嘘をつかないんです。ありのままなんで、失敗するのは自分が間違って解釈した時だけなんです。そこが「いいな!」って思ったんです。読み取れているか読み取れていないか、自分が知れば知るほど分かるようになっていくところに面白さを感じました。
 
前田:画像はありのままで嘘をつかない(笑)。パワーワードいただきました(笑)。
 
栗原:それから、画像診断が “ザ・ロジック” なのも性に合ったんです。「これが見えたから、これと、これが(病気として)考えられる。で、身体検査と血液検査でこういう結果が出た。だから、この病気が1番目に来て、これは3番目の可能性だ」って診断リストを作るのが画像診断なんです。
 
さらに検査結果や飼い主さんの話を聞くことで、その鑑別リストが完全に入れ替わることもあるんです。それが、学問としてすごく面白いなと思ったんです。
 
前田:僕の師匠である岐阜大学の前田貞俊先生もアメリカで画像診断を学んだ経験があって、すごくロジカルな考えをする先生です。画像診断とロジカルシンキングは親和性が高いんですね。

その後、アメリカに行こうと思ったのはどんな経緯なんですか?
 
栗原:学部5年生の時に、同級生がアメリカ(の獣医療環境)を見に行ったんです。「栗ちゃんも見に行った方が良い!」と言われて僕もアメリカに行きました。そこで「すごい!」って衝撃を受けて、アメリカの専門医資格を取りたいと思ったのがはじまりです。
 
--:色々と思うことがあったんですね。
 
栗原:外国では、日本の獣医療を俯瞰して見ることができました。日本の良いところだと思っていたことが、実はそうでもなかったことに気づいたことがありました。逆に、あまり注目していなかったようなことが、日本のすごいところだと再認識することができたり…。色々なことが見えた気がしました。
 
前田:僕も環境を変えることって大切だと思っています。
 
栗原:そうですね。アメリカにも良い面と悪い面がありますが、外を見てみることはすごく大切だと思います。学生さんや若い先生には、一回で良いから海外の獣医学科を見てくることを勧めています。専門医を目指す必要はなくて、1週間くらいの滞在でも良い経験になると思います。「こんなことになってるんだ!」と感じることは多いはずです。
 
前田:僕は海外留学経験がないんですよね。それがコンプレックスだったりもします。だからいつか行ってみたいなあ。


ニュージーランドでの出会い

前田:そこからすぐにアメリカに行ったんですか?
 
栗原:その時に「ここで学んでみたい!」とは思いましたが、実際に専門医のレジデントプログラムに入るのはそれから10年後ですね。
 
前田:麻布大学を卒業してから、アメリカに行くまでの期間は何をされていたんですか?
 
栗原:画像診断をやりたいという目標があったので、卒業後はCTやMRIの設備がある動物病院を選んで勤務医として4年ほど働きました。その後、ニュージーランドで2年過ごしました。
 
前田:え?どうしてニュージーランド?
 
栗原:(アメリカの)コーネル大学でレジデントをされた佐野先生(佐野洋樹 獣医師/米国獣医麻酔疼痛管理専門医)がいらっしゃったので、連絡を取ってみたんです。「じゃ、一回来てみなよ」と言っていただいたのがきっかけです。
 
前田:佐野先生がニュージーランドにいたんですね。
 
栗原:今は香港にいらっしゃるんですが、つい最近までニュージーランドのマッセイ大学で獣医学部の教員をされていました。今だから言えますが、佐野先生には、「こんなに英語ができなくてアメリカに行きたいって言うヤツ初めてだったよ」って一年後に言われました(笑)。そのくらい当時は英語がダメでした。1年間、バイトをしながら滞在できるワーキングホリデービザで行きました。
 
前田:ワーキングホリデービザで獣医師として働けるんですか?
 
栗原:基本的にはダメなんですが、大学教員の許可があれば見学という形で出入りができるようです。佐野先生に連れて行っていただいて、大学の中にずっといました。

色んな人たちと知り合う中で、ロンというアメリカ人と仲良くなりました。ニュージーランドでは、僕の人生に大きな影響を与えてくれた“3人のおじいちゃん”と出会うんですが、ロンが最初です。
 
前田:3人のおじいちゃん(笑)。映画の話みたいですね。どういう方なのですか?
 
栗原:ロンはアメリカ人の画像診断専門医です。アメリカの大学教授だったんですが、「のんびり暮らしたい」ってニュージーランドに移住していたんです。彼が、「お前、本当に(画像診断専門医に)なりたいんだったらオレの所に来いよ!」って言ってくれたんです。
 
なので日本に一時帰国して、ニュージーランドに1年くらい滞在できるビザを取りました。画像診断科のインターンとして扱ってもらえて、少しですがお金もいただけました。英語のレベルアップもできたので、その後にアメリカのレジデントに応募しました。
 
前田:ニュージーランド生活の2年目に、アメリカのレジデントに応募したんですね。
 
栗原:はい。でも、画像診断科の人気が高くてその時はマッチ(≒合格)しませんでした。日本に帰って、会社を作ったりアルバイトしたり、色々な活動をしながら翌年に再度応募してマッチングしました。
 
前田:ニュージーランドでのインターン経験があったから、レジデントにアプライできたわけですね。ロンさんのお陰ですね。
 
栗原:そうです。ロンの他に、ポールとボブっていう人がいて、この “3人のおじいちゃん” のおかげで僕は専門医になれたんです。
 
前田:ハリーポッターみたいだ(笑)

次回は、 “3人のおじいちゃん” との出会いが栗原先生のキャリアに大きな影響を与えたエピソードからご紹介します。

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