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フミオ劇場 15話『大女優はみんな』
昭和40年あたり。銭湯はひとつの社交場。フミオの父雄吉も二人の孫を連れて、毎日のように通った。
息子の嫁さんが少しでも休めるように。そんな温かい人柄の爺さんだった。
まだ生後三ヶ月程の和彦の身体を丁寧に洗い、脱衣所の床にバスタオルを敷いて手早く拭く。それからてんかふ(ベビーパウダー)おむつ。
赤ん坊を風呂に入れるのは、母親でもひと苦労。爺さんはお湯でさっぱりしたにも関わらずすでに汗だくだ。その隣でフルーツ牛乳片手にもうひとりの孫が、ひっきりなしに口を開く。
「お爺ちゃん、なんで女も男もみんないっしょに入れへんの?」
「お爺ちゃんあのひと見てー! 背中に絵書いてるよ、ちゃんと洗たんかな?」
しかし爺ちゃんは赤ん坊と格闘中。いちいち答えてくれない。仕方なく樹里は周囲を見渡した。番台に座るおっちゃんが暇そうだった。
その日から樹里は、番台の横にへばり付き、幼稚園であったこと、カレーとアイスクリームどっちが好きか、おっちゃんはハダカばっかり見てるんやなあ、などなど、のべつ幕無しに話しかけた。
番台のおっちゃんは樹里にあだ名をつけた。
「おうっ来たか、女弁護士」
「女弁護士〜髪の毛ちゃんと乾かしや」
それから
「大きなったら女弁護士になるんやで」
何度も樹里に言った。
樹里は当たり前だが女弁護士になれない。就職しても長続きしない、行き当たりばったりの人生を歩んだ。
ひょんなことから19才のときミスコンで優勝するというハプニングが起きて、東京のバラエティ番組に呼ばれたことがあった。
「ミス博多人形」「さくらんぼ娘」「ミス毛布」「ミスりんご」といった様々な肩書きのガールが集められていた。
女性アイドルと一緒に歌を歌うコーナーもあった。すると後日そのアイドルの事務所から
「もし興味があれば東京へきて研修しますか」
と、誘われる。だが樹里は荒くれひねくれ猛者のフミオに育てられた。物事の裏を見る癖が幼少期から身に付いている。
何年ほど下積み生活を強いられるのか?
売れずに落ち目になったらどうなるのか?
いきつく先はヌード写真集か。それは駄目だ。自分は板みたいな身体。こんなもんをどうやって人様に見せろというのだ。
やや錯乱ぎみの妄想に加えて
「その八重歯は抜かなあかんな」
「キャンペーン中は男と付きあうの無しやで」
優勝したとき、関係者に告げられた言葉を思い出した。大阪のひとつのミスコンでこれなら、東京のモノホン事務所なんて比較にならない厳しさだろう。
板でも脱げとか言われそうだ。
樹里は電話で事務所の人に
「下積みとか嫌ですし……板みたいな身体ですし、え? あ、板は関係ないですけど。とにかくお断りします」
田舎のド素人が生意気な返答をした。結果、電話もそれっきり。
「アホやな! 何を考えてるんやお前は!
芸能人になれるチャンスを! ほんまドアホや。なんで東京行けへんのじゃ? は〜信じられへん、お前がこんなアホやったとはな」
後から電話のことを知ったフミオは憤りをあらわにする。
樹里は何かが変じゃないかと思った。芸能雑誌「平凡」や「明星」の新人インタビューでは
『親が芸能界入りに猛反対で、説得するのが大変でした』
ほぼ全員そんな風に答えてなかったか。
なんでうちの親フミオは大賛成なのだ?
そのとき樹里は芸能界の怖さをフミオに思い知らせてやるつもりで、友達から聞いた生々しい噂話をした。
「芸能人って、売れるためにプロデューサーとか監督と寝ろとか言われるねんで。断ったら、仕事やらへんぞって言われて。パパは自分の娘が、そんな目にあってええの?」
フミオは
カッモーンッ(とは言わないがアメリカ人みたいな動作で)話にならないぜとばかりに両手をヒラっとさせた。
「あのな、大女優の⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎子▲▲▲▲▲美もな。みいんな、そうやって売れていったんや。大きなっていったんや」
明言しよった。常識やで? みたいな顔で。
売れてる芸能人はみな乗り越えてきてる。そんなことで驚いてたらどうするんやと。そっかぁアドバイスくれたんや、ええ親やな
って、ちゃうがなっ!
ひとりノリツッコミしても面白くない。
こいつは本当の親じゃないかも知れない。私は橋の下で拾われたのかも。心の蜃気楼度がひどくなる一方なので、黙って自分の部屋へ戻り昼寝をした。
が、その日以降もフミオは未練がましく東京行きを勧めてくる。
ステージママの様に夢を一緒に追いかける。 そんなピュアな動機では無い。
娘を芸能界に入れたら一攫千金あるかも。
売れなくても最後は写真集があるかも。
すべては博打資金のためだ。
時代を間違えて生まれてたら、かくじつに吉原あたりへ売られていただろう。
江戸だぞ、あっぶねえ〜!
つづく
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