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ある対話―2022年読んだ本たち

A:2022年も終わっちまったな。早いものだ
B:ほんとうに。年々時間が流れるのが早くなる気がするよ
A:これじゃのんびり本も読めないね。――どうだい、今年はなにか収穫があったかい
B:収穫?
A:本さ。どんなものを読んだね?
B:そうさなあ……。読んだと言えばいろいろ読んだから、そう漠然と聞かれても困るね。

○小説

A:めんどくさいやつだな。うーん、ならまずは、小説で印象に残っているやつを聞こうか
B:ふむ。島尾敏雄『死の棘』とか中上健次『鳳仙花』大江健三郎『万延元年のフットボール』みたいな長編が印象には残っているけど、特におもしろかったのはパトリック・モディアノの『失われた時のカフェで』かな
A:ノーベル賞作家だね。ミーハーだな
B:古本屋で見つけたんだよ。タイトルに惹かれて買って、恥ずかしながらノーベル賞をとっていたとは知らなかったんだ。しかし賞云々はどうでもいい。久しぶりに、ゆったりと本を読む時間を過ごした気がするよ
A:どんな話なんだい?
B:ある女性をめぐる物語だ。舞台はパリのカフェ、それぞれの登場人物がそこで過ごした時間を回想しながら、ある女性に思いを馳せる。劇的なことは特に起こらないからストーリーがいいというよりも、文章の雰囲気を楽しむ小説だね。夜にゆっくりと読みたいような作品だ
A:抒情的な、というわけだね
B:そう言いたいならそう言ってもかまわない。同じようなニュアンスで、石沢麻衣の『貝につづく場所にて』も抒情的で美しかった
A:他には?
B:あとは『後藤明生コレクション』だな。後藤明生は好きなんだが、講談社文芸文庫以外ではなかなか読めないから、こういったコレクションが出るのはありがたい(出たのは少し前だが)。後藤明生の書きぶりはどこか太宰や高見の饒舌体を思い出すけど、ああいう自意識と格闘するような形の文章ではなくて、横に横にずれていく放埒ぶりがいいところだ。『挟み撃ち』とか大好きだな
A:ノってきたね
B:茶化すなよ。君の方はなにかよかった小説はないのかい
A:僕としては、王城夕紀『青の数学』を推したいね
B:聞いたことがない小説だな。どれどれ……なんだこれ、ライトノベルじゃないか
A:こういうのはライト文芸と呼ぶんだよ
B:どっちでもいいよ。どんな話だ?
A:スポ根小説だね。数学力を競うバトルのようなものが手軽にできる世界観で、主人公含め登場人物たちがお互いに問題を解く能力や早さを競う。青春時代のひとときを熱い競技の中で過ごす高校生たち、燃えるじゃないか。あ、ちなみに数式がわからなくても楽しめるように書かれてるよ
B:ふーん……。過ぎ去りし青春よもう一度、というわけかい。まあときには、そういう回顧的な趣味が未来に向かうエネルギーを備給することもあるかもしれないね
A:めんどくさいやつだな

○エッセイ

A:あと、小説ではないけど川上弘美の東京日記シリーズもよかったな。『卵一個分のお祝い』とか
B:日記?
A:川上弘美が一週間分ずつ日々の出来事を報告してるんだ。川上らしい独特のユーモアがクセになる。まあ、日記の中身は半分以上創作だろうけどね
B:ふうん。そういうのはあまり読まないな。読んでどうなるんだ
A:読んで楽しむのさ。毎年読んでるけど、村上春樹の『もし僕等のことばがウイスキーであったなら』もよかったな。すごく薄い紀行文で、村上がウイスキーを美味そうに飲むんだよ
B:村上ね。まだ読んでないけど、『猫を棄てる』の文庫版が出てたな。あれも薄かった
A:まあ村上春樹の本なんか、とりあえず刷っとけば売れるからな
B:そういえばエッセイじゃないけど、四方田犬彦の『ハイスクール1968』は興味深かった。学生運動当時の高校生がどんな知的遍歴を辿っていたのかよくわかったよ。その流れで笠井潔の本もいくつか読んだな。『模倣における逸脱』とか『テロルの現象学』とか。ミステリ作家のイメージが強くて評論を今まであまり読んでなかったが、面白いことを言っている
A:今年は絓秀実との対談『対論1968』も出たしね。ただ当事者が現役で活躍して証言も新しく出てくる分、68年を経験していない人間が研究・批評しづらいという難しさはあるな。僕は68年の神話化に違和感がある。その意味で、60年代の特権化には反対だな
B:しかし60年代のことがしっかり掴めていないと、その後の政治や文化の動きが理解できない。知識は必要だよ

◯美術

B:68年といえば、椹木野衣の『日本・現代・美術』も60年代美術の話をしてたなあ。読売アンデパンダンとか、具体とか。こういうものを読むと、美術においても60年代がひとつの画期であったことがよくわかるね
A:名著だね。いまさら読んだのか
B:まあそういうなよ。2022年は大阪で具体展なんかもあったし、いろいろなところで具体グループに触れた年だったな
A:具体は僕も好きだよ。白髪一雄が特にいいな。ダイナミックで
B:僕は村上三郎のほうがいい。他にも美術関係の本は結構読んだな。平倉圭の『かたちは思考する』は近年の美術論でも白眉じゃないか。序論の密度なんか、すさまじいものがある。ハラウェイの使い方が見事だね
A:美術の理論書はあまり読まないな。作品に虚心に触れることが大切なんじゃないかい
B:ロマン主義だね。無垢な鑑賞眼がむしろ真理を掴み取ることができるというわけだ
A:めんどくさいやつだな。『かたちは思考する』以外にはなにか読んだかい?
B:いろいろ読んだが、記憶に残っているのだと星野太の『美学のプラクティス』かな。近年の美術批評の潮流がよく見えるように書いてあったと思う。僕は関係性の美学に関する話はある程度知っていたけど、そのあたりに知識がない人がよんでも十分わかるようになっている。むしろ、最初にこうした地図があったほうが現代美学がわかりやすくなるかもね
A:星野さんはなんというかスマートなところがあるね。いつか詩についての批評なんかをじっくりやってほしいな

○空間論

A:僕は必要があっていろいろ空間論系の本を読んだ。自分の専門分野以外で意識的にまとまった読書をすることはあまりないから楽しかったな
B:空間論ね。ベンヤミンとかかい
A:ベンヤミンは好きだが、いささか引用しやすすぎるところがあるな。使いやすいと言ってもいいが。個人的にはセルトーが一番良かったね
B:奇跡的にちくま学芸文庫に入った『日常的実践のポイエティーク』
A:『文化の政治学』も読んだが、まあそっちだね。さまざまなトピックについて気の利いた分析をほどこしている。「道ゆく人びとの歩みぶりは、ある時にはそれ、またある時には曲がりくねって、「言いまわし」や「文彩」にも似た紆余曲折をしめしている」みたいに、歩行と文飾を重ねているところなんか刺激的だ。ここからいろいろ考えたくなる
B:例のウイルス流行初期は、散歩も再注目されたしな。店はどこも閉まってたから
A:散歩といえばレベッカ・ソルニット『ウォークス』もよかったな
B:『災害ユートピア』で注目された人だね。Wikipediaによると、「マンスプレイニング」概念を広めた立役者でもあるらしいが
A:『ウォークス』は大著だしエッセイ風だからたぶん気に入ったところだけつまみ食いするタイプの本だろうが、散歩が好きだから最初から通しで読んでしまった。これだけ歩くことについて多角的に考えてもらうと、こっちも歩き甲斐があるというものだ
B:ふむふむ。そこそこ空間論を読んだということなら、良かったものだけでもいくつか挙げとけよ
A:あとは、エドワード・レルフ『場所の現象学』坂口恭平『独立国家のつくりかた』近森高明『ベンヤミンの迷宮都市』あたりがよかった
B:おい、ベンヤミン読んでるじゃないか

○その他

B:他には何を読んだ?
A:自己啓発本とか……
B:どうせアイロニーで読んでるんだろう。いやらしい趣味だ
A:半分はベタだよ。君は?
B:松浦寿輝の本をいくつか読んだが、どれもよかった。エクリチュールの分析をうまく小説の読みに生かしていると思う。『折口信夫論』とかね。『平面論』とか『口唇論』も好きだな。『明治の表象空間』は、買ったがまだ読んでない
A:松浦の文章は密度が高すぎる。僕なんかは読んでいると息が詰まりそうになるんだ
B:君はもっと読み筋を鍛えるべきだということさ。……筋肉と言えばここ数年の筋トレブームも面白よな。なかやまきんにくんの大躍進とか。文フリで買った『ぬかるみ派』になかやまきんにくん論があったよ
A:筋肉というのは自己完結的だから、ユーモアでやってもベタでやっても炎上しないからな。それは逆に言えば自己管理・ネオリベ型の趣味でもあるということだし、アイロニーのないナルシズムに陥る危険性もあるが。それこそ自己啓発との相性もいい。というか、筋トレは自己啓発の一環だな
B:たまには真面目なことを言うじゃないか。筋トレのあとにはなにが流行ると思う?
A:自粛ムードが終わって、もう一度人と人との絆を取り戻そう!となったときには、気軽にみんなで遊べるアクティビティが流行るかもしれないね。いまでも十分人気があるが、ボードゲームとかTRPGとかがさらに大衆化したら面白いな
B:脱・スマホみたいなラインで押せそうだしね。ありうる

○2023年へ

B:というわけで、2022年もそこそこ本にめぐまれた年になったわけだ
A:なんだか偉そうだね。まあでも、いい本に巡り合うには嗅覚と根気と運がいるからなあ
B:最近読んだ本だから入れなかったけど、2022年に出版された平井靖史『世界は時間でできている』はかなりおもしろかったな。この本を含め、ベルグソンイヤーみたいなところがあったね。ところで小説の話はしたのに詩集の話をしなかったな。君、専門だろう
A:詩の話はもっとゆっくりすることにしよう。「これについては別稿をもうけたい」というやつだ
B:なるほど。で、2023年はどんな本を読みたい?
A:今年はむしろ、本を読まない年にしようと思ってる。いくつか論文も書かなきゃいけないし、なんだが「本を読まねば」という義務感にも疲れてきた。どっしり構えることにしたい
B:「どっしり構える」、ね。サボりの口実としては悪くないかな
A:めんどくさいやつだな

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