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<短編小説>恋はいつも記憶の中からやってくる(序章)

ある程度の年齢になって経験を積んでくると知恵がついてくるのか、ギラギラした性欲がおちるのか、人と会った瞬間すぐに恋に落ちるなんてことは起きなくなる。
中にはそんなケースはあるのかもしれないが、オレを始め50歳も超えた人間にそんなことはまず起こり得ない。
もちろん街で「ああ、いい女だな」と思うことはあるが、あくまで観賞用の域にとどまりそれ以上どうこうと言うことはない。
その後に偶然に偶然が重なり会うことがあったとしても最初はお互い探り合うことから始まる。信じられないことにいい歳して「この人は出会うべくして出会ったソウルメイトだ」などと言うやつがいるが本当にいるがそれはただバカだ。
実際は水面下から「国籍不明の駆逐艦」を探るような感じで始まる。
お互い楽しいことも辛いことも、良いことも悪いことも、酸いも甘いも噛み分けてきているので、少しでも違うなと思えば直ぐにギアをバックに入れることができる。そして猛スピードで木を駆け登りそのまま屋根伝いに走り抜け一目散に逃げることができる。つまり慎重なスタンスになる。
今までずっと独身でいたなら若い頃は少なからずあった恋愛にたいする自信などとっくにフェイドアウトしているし、パートナーと離婚したり死別したのならやはり少なからず心に傷やトラウマを抱えているからどうしても消極的にならざるを得ない。
仮にこちらがいいなと思ったとしても相手はどう思っているのかわからない。大人ならあからさまに心の内側を曝け出すことはないし相手に不快な思いをさせないようその場の雰囲気を壊さないように笑顔を絶やすことはない。多くの経験を積んでいる大人なら当然のマナーだ。
この人の優しい笑顔の向こうでこの人は何を考えているんだろう。この先自分に対してどんな距離感を望んでいるんだろう。もしも自分のことが気に入ってくれているとしてもその好意に応え、相手の期待に応えることができるんだろうか。それともこれを最後にもう二度と会うことはないのか。
道で猫同士が出会うとそこでお互い止まって様子を探り合う。
「この目の前に現れた人は自分にとって味方なのか、それとも絶対に分かり合えない敵なのか?」 BEHIND THE MASKの向こうは?

その後何かのきっかけ、本当に些細なことで特別な感情が芽生えることもある。
それは軽く顔を傾けてにっこり笑う表情だとか、重い荷物を持ってくれた後こちらに向ける優しい眼差しだとか。
自分より前に歩いている時に見えた後ろ姿だとか、こちらがついつい早歩きになってしまった時少し下を向きながら一生懸命についてくる様子だとか。
カフェで待ち合わせしたときにこちらに向かって小走りに歩いてくる様子だとか。ほんの些細なことで笑い合う瞬間だとか。いつかどこかで見たことがある姿だ。
おぼろげな記憶のようなもの。いつのまにか記憶から消えていったけど心のどこかにずっと眠っていたような小さなやりとりの思い出のようなものが蘇る時だ。

つづく


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