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『実は私、兄がいたんです』

西尾さんがまた面白い試みを始められた。

読むところによると、とりあえずなんでもカミングアウトしていいらしい。
でも自らの変態性を深掘りしてほしい、ともあるので、これから私が書く話は、恐らく趣旨に合わない可能性が大きい。

けど、まあ。せっかくだし。
純粋なカミングアウト(コレ)と、自らの変態性を暴露するカミングアウトと、2つの記事を今回の企画中に投稿しようと思う。
投稿数は無制限って書いてあるしね。

1.正反対の兄妹

実は、私には兄がいる。
年の離れた兄だ。
正確な年齢は記憶していないが、確か10歳は離れていたように思う。

兄は私とは正反対の人で、まあ、とにかく子供の頃から優秀な人物であったらしい。
神童と呼ばれていたとか、あまりにも賢すぎてテストは毎回100点だったとか、県内でもトップの進学校に難なく合格したとか。
エピソードには事欠かない。

グレることもなく、進学校を悠々と卒業した兄は、東京の頭の良い大学の医学部に進学し、どこかの町で医者になった。

私は昔、この兄とよく比較されていた。
学校へもろくすっぽ行かず、毎日家か外で遊んでいる私に呆れ果てた母と父が、
「お兄ちゃんはあんなにすごいのに、なんでアンタは“そう“なんだろうねぇ」
と時折ポツリと漏らすのだ。

毎日言われるわけじゃないけど、正直、キツかった。
私も父の子だ。頭の出来で言えばそこそこのレベルだろうと思うし、きっと真面目に勉強していたら、ひとかどの人物にはなれたかもしれない。
でも、私にはそれは出来ない。

地頭が良かろうと、真面目にやればそこそこの進学校に進学出来るのだとしても。
学校からドロップアウトした私は、もうあの場所に戻るつもりはない。

あの頃の私は「お兄ちゃんみたいに出来なくてゴメン」とは思っていたと思う。
母の期待を裏切ってしまってゴメン、と申し訳なくも思っていた。

なんでこんなに正反対なんだろう、と考えた。
同じ父の子なのに。
兄がすごい子供でなければ、私はこうして比較されることもない。
比較されるたびに、私の劣等感と身勝手な恨みみたいなものはすくすくと育っていった。

2.まだ見ぬ兄

それでも私が兄に対する劣等感で心を潰されなかったのは、恐らく“会ったことがなかった“からだ。

写真では見たことがあったけど、それだけ。
精悍な顔つきのこの人と、直接言葉を交わしたことがなかったから、どれだけ比較されたとしても、そう、まるで芸能人と比較されているようで、どこか現実的ではなかった。

だから必要以上には傷つかなかったし、「そんな知らない人と比べられてもね」と、冷めた気持ちで両親を見ている自分がいた。

「コイツのせいで」と思うこともあったけど、端的に言えば兄という存在に対してそこまでの“興味がなかった“。

興味が持てない人間ごときに、いちいち傷つくのは馬鹿らしい。

劣等感の裏返しかもしれないけど、私はそう思うことで心の均衡を保っていたのだろう。

3.夢の国で兄と握手

そんな私が高校生になった年の春だった。
兄とは雲泥の差の、地元でも馬鹿しか行かない、と口さがなく言われる通信制高校。
私が合格できたのはそんな高校だった。

受験の時は、ちょっと辛かった。
「受けるだけ受けてみたら」と、母に言われて進学校の受験を受けた。
まあ、勉強なんかほとんどしてないし、学校行ってないから内申点も壊滅的だし、当然のように落ちるんだけど。
それでも、母のガッカリした顔を見るのは辛かった。

「当たり前じゃん」とツン、と澄ましてはいたけれど、「まだ比較されるのか」とうんざりした気分にもなった。

そんなある日。
兄から父の元に電話がかかってきた。
父は私が通信制高校に合格したことを伝えていたが、それを「余計なこと言いやがって」と私は苦々しい思いで眺めていた。
会ったこともない兄だけど、賢い兄にしてみれば、自分の妹がそんな馬鹿みたいな高校に行くのは嫌だろう。
プライドだけは高かった私は、馬鹿にされるんじゃないかと思って気が気じゃなかった。

「リト、お前と話したいそうだ」
「嫌だ、別に、話すことなんかないし」

今更なにを話せばいいのか。
産まれてからこの10数年、一度も会ったこともなければ声を交わしたこともないのに。
なんで急に、“知らない人“と話さなければいけないのか、理解が出来なかった。

それでも強引な父に敵うわけもなく、仕方なく父の携帯を手に取る。
不満がありあり見てとれる声で私が電話を代わると、電話の向こうの兄は遠慮なく苦笑していた。

「こんにちは」
「はあ、はじめまして」
兄弟のやりとりではない。

初めて聞いた兄の声は、私の想像よりも少し低くて、とても優しく、落ち着いた声だと思った。
なんだろう、険がないというか。
不思議とどこか懐かしい気がした。

合格おめでとう、とか、毎日なにしてるの、とか、無難な会話を続けながら、私はただ「早く終わってくれないかな」とだけ思っていた。
この人はあくまで“知らない人“だ。
というか、そうであってくれないと困る。

だって、現実に存在する、近しい人だと認識してしまったら、私は。
今度こそ、兄に対しての劣等感に苛まれてしまうかもしれないじゃないか。

「なにか合格祝いをあげたいんだけど、欲しいものはないの?」
「もらう理由がないので結構です」
「遠慮しなくていいのに」
遠慮じゃねえよ、とイライラしていると、兄がふと声を弾ませた。

「それなら、ディズニーランドに一緒に遊びに行こうか」
「はあ?嫌です。知らない人とディズニーとか無理なんで」
「大丈夫だよ、俺、結構遊びに行ったことあるし、案内出来るし」
「いや、そうじゃなくて」
「よし、決まりね。日にちが決まったらまた連絡するから」
人の話を聞けよ、と思った。
なんでこうウチの家族はみんな人の話を聞かないのだ。
どうして私が、よく知りもしない男性と一緒に、ディズニーランドに行かなきゃいけないのか。

電話が切れたあと、父に「冗談じゃない、絶対行かないから!」とキレ倒したが、「まあまあそう言わずに、付き合ってやりなさい」と言われてしまえば、それ以上は反論出来なかった。
どうせ反論したところで、私の意見は聞き入れてもらえないのだろうから。

変なところで真面目だった私は、そんな一方的な約束をすっぽかしたりも出来ず、仕方なく当日まで悶々とした日々を過ごすことになる。

4.「好きな道を生きなさい」

生まれて初めて会った兄は、優しげな物腰の人だった。
“着火剤“と称される父の子とは思えないくらい。
優しくて穏やかな人だった。

兄とのディズニーランドは、最初のうちは2人ともきごちなくて、私も上手く話せなくて、つまらなくて退屈で、しんどかったけど。
いくつかのアトラクションに乗ったりしているうちに、わずかに打ち解けられた。

世間ではお医者さまと頼りにされている兄は、意外とお茶目で、何度も冗談を言って私を笑わせようと頑張ってくれるくらい、ひょうきんな人だと、私は初めて知った。

「好きなもの、買っていいよ」
「いいです、お金もったいないし」
「いいんだよ、俺がしたいんだから。今まで会えなかった分、妹にプレゼントさせてよ」

とんでもなく大きなぬいぐるみを買ってくれようとしたり、好きなものを食べな、と園内のフードショップで満腹になるまで食べさせられたり、お世話好きというか、面倒見のいいところは、父によく似ていた。

私はこの時、ミッキーとミニーが寄り添って並んでいるぬいぐるみを買ってもらった。
まあ、ディズニーは好きだったし、この人に思うことはあっても、キャラクターに罪はない。
私が大人になるまで、そのぬいぐるみは家の片隅に飾られていた。

あたりが真っ暗になる頃、パレードを観てから帰ろう、と約束した私たちは、どこか観るのに良い場所がないかと園内をのんびり歩きながら、ポツポツと話をしていた。

「少しは息抜きになったかな」
「別に。毎日が息抜きみたいなものですし」
「学校、行ってないから?」
「好きなことしかしてないので」
苦しいことはしない、苦痛には近づかない。
そんな風に自分勝手に生きていた私は、毎日が日曜日みたいなもので。
息抜きもなにも、別に不自由はしてない、と可愛げなく兄に伝えた。

「そうか、毎日、楽しいならいいんだ」
「私は楽しいですけど。でも、父も母も、たぶん私にも、あなたみたいな人生を生きて欲しかったんだと思いますよ。
普通に、まともに、堅実な道を」

フン、とそっぽを向いて吐き捨てる。
今まで私は、あなたのせいで比較されてきたんだ、と。それは私が最大限出来る、子供っぽい嫌味だった。

「そう言われた?」
「いえ、直接は。父からはリスクを承知でやるなら、好きなようにやれ、と言われましたし」
「…‥普通って、なんだろうねぇ」

ぽん、と投げかけられた言葉に、私は目を丸くした。

「俺たちはね、たぶん父の子に生まれた時点で、もう“普通“じゃないんだよ」
「それは……」
「俺が医者になったのは、それでも“普通“に憧れてたからなんだ」

「普通になんかなれっこないのに、普通の人たちに馬鹿にされるのが嫌だったから、全員を見返してやれる、“普通“の人生を堂々と歩める、医者になってやっただけなんだよ。
別に、人が救いたかったわけじゃない」

ああ、この人は間違いなく。
私の兄なんだな、と確信した。

誰かに馬鹿にされるのが嫌いで、誰かに見下されるのが嫌いで、誰かに鼻で笑われたくなくて、ひたむきに顔を上に向けて、虚勢を張り続ける。
そうして生きてきた人なんだ、と思った。

この人と私の決定的な違いは、それに実力が伴っているかどうか、それだけだ。

だから私と兄は同じ。
正反対なんかじゃない、まさしく父の子なんだ、と思った。

「俺、リトには“普通“に囚われてほしくないなぁ」
「もう普通からは逸脱しましたし、今更戻るのは無理ですね」
「学歴、っていう称号は、人生において大事だからね」

ニヤリ、と笑って、兄は私と正面から向き直った。悪役みたいな笑顔だな、と思った。
兄の後ろに、キラキラと輝くシンデレラ城が見えた。

「学校なんかどうだっていい。
若いうちはやりたいようにやりな。
俺が遊べなかった分、いっぱい遊んで、ニコニコ笑って、そんで、自分がいちばん“大好き“って思えたもののために、生きなよ。
それが、……普通じゃなくてもさ」

5.兄と妹

私は、その後、兄と会っていない。
唯一、父が亡くなった時、葬式にやってきた兄とは会った。
久しぶりに会った兄は、ほんの少し年を取っていて、相変わらず穏やかに微笑っていた。
でも、もう父という人がいなくなってしまったから、私と兄を繋ぐものはなにもなくなってしまったし、連絡先もわからない。

きっと、これから先、もう2度と会うことはないだろう。
だが、私には確かに兄がいた。
一生のうち、たった1度。
数時間しか共に過ごせなかった、腹違いの兄が。

私の芯を構成する、ひとつの言葉をくれた兄が。

悲しいとは思わない。
会えないことを悲しい、と思えるほど、私は兄のことを知らない。
私と兄の縁の行き先が、そこで途切れてしまっただけだ。

だけどあの時、もらった言葉は、確かに私の中で今も息をしている。
“自分がいちばん大好きなもののために生きる“
あの時、兄が言った意図とは違うかもしれないけど、私は、自分と旦那と母のために、これからも胸を張って生きてやろうと思っている。
それが、普通とかけ離れていても。

#実は私xxなんです

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