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ピンク色のぶたさん、わが家へ来たる

 まぁーぶりんぬちゃんのお誕生日に、ピンク色のぶたさんのぬいぐるみがやってきた。
 名前は鉄三郎。
 てつちゃん、私のうちに来てくれてありがとう。
 
 まぁーぶりんぬちゃんは床の上に座って、てつちゃんをそっとベッドの上に置いた。
 てつちゃんと同じ目線になった。
 
 (鉄三郎くん、わが家へようこそ。今日からここがてつちゃんのお部屋だよ)
 心の中で心の声で、てつちゃんに話しかける。
 
 てつちゃんが一瞬、小さなつぼみがほころぶように小さな笑顔を見せてくれたような感じがした。まぁーぶりんぬちゃんも自然に笑みがこぼれた。
 てつちゃん、ここを気に入ってくれたのかな? 喜んでくれているのかな?
 なんだか、てつちゃんのお顔を見ていたら、幸福感がじんわりしてきて、嬉しさもムクムクしてきた。
 
 てつちゃんがやってきたその日から、特別じゃない普通のまぁーぶりんぬちゃんのお部屋が、パッーと華やぎ、輝いて見える。
 なんだかお部屋の中が明るく感じる。
 てつちゃんが来てくれたおかげかな? ありがとう。
 
 まぁーぶりんぬちゃんはいつも独りぼっち。
 いつも心の中で心の声で話す。
 
 お仕事からうちへ帰ったとき、
 
 (ただいまー)
 
 毎日、私に声をかける。
 今日も、心の中で心の声で私に声をかける。
 そして、今日はなんだか違った。
 
 キラッ。
 
 ベッドの上にいる、てつちゃんの姿が目に入った。
 今、てつちゃんが一瞬光った?
 まさか…気のせい、気のせい。
 
 夜ごはんができた。
 
 (いただきます!)
 
 心の中で心の声で私に声をかける。
 
 なんとなくベッドの上に目を向ける。 
 今ベッドの上のてつちゃんとなんだか、目と目が合った感じがする。
 いやいや…そんなことはない…気のせい、気のせい。
 
 寝る前に少し読書をする。
 お話に引き込まれて、読み進める。
 1ページ、また1ページ。
 ページをめくる指が止まらない。
 
 (あっ! もうこんな時間)
 
 優しいまなざしを感じて、ふとベッドの上を見る。
 てつちゃんが私を見守ってくれているみたい。
 
 (もう寝るね)
 
 心の中で心の声で私とてつちゃんに声をかけて、てつちゃんの頭をポンポンする。
 すると、てつちゃんが、ちょっとだけ照れたように、ニコって微笑んだような気がする。
 そんなこと、まさか…ね…気のせいだよね。
 
 まぁーぶりんぬちゃんの何気ない生活の中で、ささやかな変化が起こり始めた。
 
 ときどきに、目の端っこあたりがピカっと光ったような気がして、そちらに目を向けてみると、てつちゃんがちょこんとベッドの上にいたり、
 
 ぼうっとテレビを見ていて、ハッとした瞬間、なんとなく温かいまなざしを感じて、てつちゃんのほうに心惹かれたり、
 
 何かの拍子にふと、てつちゃんに視線を向ける。すると、一瞬キラキラして嬉しそうにニコっと微笑んでくれるような感じがするときがあったり、
 
 今にも、「まぁーぶりんぬちゃん!」って声をかけてくるのじゃないかと思うくらいに表情が生き生きしていたり、
 
 ちょっとずつ、てつちゃんの存在を気にかけるようになってきた。ちょっとずつ、心にかけるようになってきた。
 そして、だんだんに一緒に生活しているような気持ちにもなってきた。
 
 朝起きて、
 
 (おはよー)
 
 心の中で心の声で私とてつちゃんに声をかける。
 今日もよろしくね!
 
 前回、失敗したシュークルート、今度は上手にできた!
 
 (やったー! おいしくできたよー!!)
 
 心の中で心の声で私とてつちゃんに声をかけて、一緒に喜ぶ。
 てつちゃんに向かって、ピース。
 
 今日はものすごくお仕事疲れた…。
 
 ペタンと座り込むと、心なしかてつちゃんの心配顔が目に入ってきた。
 てつちゃんをギュッと抱きしめる。
 
 そして、まぁーぶりんぬちゃんはてつちゃんをじぃーっと見つめる。てつちゃんもまぁーぶりんぬちゃんをじぃーっと見つめてくれるような気がする。
 
 まぁーぶりんぬちゃんは笑顔になる。てつちゃんも笑顔になるような気がする。
 
 (てつちゃんのお顔、癒されるなぁ~)
 
 もう一回、てつちゃんをギュッと抱きしめる、ニコニコ顔のまぁーぶりんぬちゃん。
 
 ある日のまーぶりんぬちゃん…。
 
 丸くて黒くて固い悲しみが、まぁーぶりんぬちゃんの喉元をふさいでしまった…。
 
 苦しい。
 辛い。
 悲しい。
 
 泣きたいのに涙がでない…。
 
 (私はずっとこのまま一人ぼっちかな…私は一生誰にも愛されないのかな…私は孤独のまま生きていくのかな…)
 
 心の声で心の中で悲嘆に暮れる。
 
 まぁーぶりんぬちゃんは、膝を両腕で抱えて、目をギュッとつむってうつむいた。
 
 丸くて黒くて固い世界の中で、「そのもの」だけを感じて、そうしてしばらく佇んだ。
 
 どのくらいの時がたったのだろう。
 
 顔をあげて、ゆっくりと目を開けて、部屋の一点を見つめる。
 
 寂寞。
 
 そこには色のない世界が広がっていた。
 
 再び、一点を見つめたままボンヤリ。
 
 ピカッ。
 
 キラッ。
 
 チカチカッ。
 
 目の端っこのほうになにやら光を感じる。
 
 部屋の中を見渡すと、相変わらず色のない世界が…。
 
 あ。ピンク色が見える。光ってる。
 
 ピンク色のぶたさんがいる。
 
 てつちゃんだ!
 
 色のない世界に、ベッドの上のてつちゃんだけがピンク色を持って光っている。
 まぁーぶりんぬちゃんはてつちゃんを抱き寄せてギュッとした。
 
 それから、てつちゃんの顔を見つめた。てつちゃんはホンワカと微笑んでいるようで愛らしかった。てつちゃんのお顔、癒される。かわいいな。
 
 「てつちゃん、かわいいね」
 
 思わず、声に出して、てつちゃんに声をかけた。
 一瞬、てつちゃんに光がほとばしったかと思いきや、
 
 「まぁーぶりんぬちゃんもかわいいよ」
 
 えっ!?
 
 てつちゃんがしゃべった!?  
 
 色のない世界が、色を取り戻していく。てつちゃんから光があふれ出て、広がって、白、黄色、緑、青、赤、紫、オレンジ、色という色がすべて色づいていく。
 まぁーぶりんぬちゃんの部屋も元の世界に戻っていく。
 
 あまりの驚きに声もだせずに、じっとてつちゃんのお顔を見つめるしかできなかった。でも、怖くはなかった。
 
 茶目っ気たっぷりのてつちゃんの笑顔。
 
 なんだか涙がでてきた。
 
 もう一度声に出して、てつちゃんに声をかけてみる。
 
 「てつちゃん、かわいいね」
 
 「まぁーぶりんぬちゃんもかわいいよ」
 
 「こんな私でもかわいいっていってくれるの? 本当に…」
 
 涙があとからあとから出てきて止まらない。
 
 「本当だよ!」
 
 キラキラ笑顔のてつちゃん。
 
 この笑顔、このまなざし、この雰囲気、この安らぎ感、もうずっとここにあった。
 やっぱり、てつちゃん、私のことずっと見守ってくれていたんだ。
 気のせいじゃなかった。
 
 「ありがとう。てつちゃん。それから、ずっと私のことを見守ってくれていたよね? ありがとう」
 
 「どういたしまして! やったー!! 僕ね、まぁーぶりんぬちゃんが僕のことに気がついてくれるって、ずっとわかっていたよ!」
 
 てつちゃんの体全体からはじけるような喜びが伝わってきた。
 
 「まぁーぶりんぬちゃん、いっぱい涙を流したよ。よかったね! 泣きたいのに涙が出ないって思っていたよね?」
 
 「うん。ちょっとスッキリした」
 
 まぁーぶりんぬちゃんは鼻をグスンとすすって、涙を手で拭った。
 それから、もう一度てつちゃんをギュッと抱きしめて、お顔を見つめた。
 
 「あのね、泣きたいときはね、いつでも僕のお腹で泣いていいんだよ」
 
 そういって、てつちゃんが自分のお腹をポンポンと叩いてみせた。
 
 「それからね、まぁーぶりんぬちゃんは一人じゃないよ。僕がいつもそばにいるよ」
 
 この健気さが愛くるしい。
 
 「ありがとう」
 
 本当に心の底から感謝の気持ちが湧いてくる。
 
 「これからも、僕が、まぁーぶりんぬちゃんを守る!」
 
 てつちゃんがまなじりを決して、キリっと凛々しい顔をした。
 
 「てつちゃん、カッコいい! お侍さんみたい!!」
 
 キュートでラブリーで、それでいてちょっぴり男気のあるてつちゃん。
 
 「まぁーぶりんぬちゃんが、僕にお侍さんみたいなカッコいいお名前をくれたんだよ!」
 
 そうだった。私が大好きな時代小説の主人公のお侍さんにあやかって、命名したのだった。
 
 あははは~。
 
 てつちゃんの可愛さとカッコよさのギャップが、なぜだかおかしくて笑ってしまった。
 
 「まぁーぶりんぬちゃんが笑った!! よかった!! 僕もうれしいよ!!」
 
 「てつちゃん、私を守ってね」
 
 てつちゃんは大きな笑顔で大きくうなずいてくれた。そして、
 
 「まぁーぶりんぬちゃん、いつでもどこでもどんな時でも僕がいるよ。そばにいるよ。そのことを忘れないで。思い出して。ちょっとでも気づくだけでいいんだ」
 
 「わかった」
 
 まぁーぶりんぬちゃんは、今までに感じたことのない幸福を感じた。
 パーッと目の前にまっすぐにのびる、キラキラウキウキワクワクの希望の道が見えた。
 これから、この道をてつちゃんと一緒に歩いて行こう。
 
 🐖 🐖 🐖
 
 それからのてつちゃんとまぁーぶりんぬちゃんは、大の仲良し。
 まぁーぶりんぬちゃんが嬉しいとき、怒っているとき、悲しいとき、楽しいとき、どんなときもてつちゃんはそばにいる。
 二人はよくおしゃべりをするようになった。
 まぁーぶりんぬちゃんは、そのとき感じている感情をてつちゃんに伝えるようになった。
 
 でも、ときどき、まぁーぶりんぬちゃんはてつちゃんの存在を忘れ、迷子になる。
 
 いばらの道を歩き、傷だらけになる。
 断崖絶壁の道なき道を歩き、恐怖や不安、心配、疑心暗鬼にさいなまれる。
 真っ黒い世界に閉じこもり、一寸先も見えない、一歩も先に進めない。
 
 そんなとき、てつちゃんが全身全霊全力をかけて何かしらのサインを、まぁーぶりんぬちゃんに送る。
 まぁーぶりんぬちゃんは、てつちゃんを思い出す。てつちゃんに気づく。
 てつちゃんはキラキラピカピカニコニコの笑顔でまぁーぶりんぬちゃんを迎える。
 そしてまた、目の前にまっすぐにのびるキラキラの道をてつちゃんと一緒に歩いていく。
 日々、その繰り返し。それでいい。
 
 まぁーぶりんぬちゃんには、
 
 まぁーぶりんぬちゃんの
 まぁーぶりんぬちゃんによる
 まぁーぶりんぬちゃんのための
 
 歩く道があり、
 
 それに気づかせてくれるてつちゃんがいる。
 
                              おしまい

あとがき

#瞑想
#呼吸
#創作大賞2024
#オールカテゴリー部門
                                      
                                     


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