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体験記 〜摂食障害の果てに〜⑦

異変
 ロールパンとおむすびの食事が二、三日続いた夜のこと。突然、体が燃えるように暑くなりました。テーブルに置いていた吸飲みの水をがぶ飲みし、
「暑い、暑い!」
 と、叫びました。口では言い表せない苦しさでした。体全体が溶けて朽ちていくような苦しみ、といえばいいのでしょうか。ベッドに寝たまま、手を振り回し、足をバタつかせました。
 すると、オレンジジュースが死ぬほど飲みたくなって、
(オレンジジュース、オレンジジュース‼︎) 
 と、心の中で叫びました。オレンジジュースのパックを思い浮かべ、代わりに水を飲みました。そして、
(自分で自分に死に水を飲ませる。) 
 と、思いました。生き物は自分の死期を悟る、と言います。私も自分が『死ぬ』とわかりました。家族に会えないまま逝くのが心残りで、寂しかったです。それから、自分が死んでいこうとしているのに、家族に知らせられないのが哀しかったです。魂は、一息に千里の道のりを駆けると聞いたことがあります。もし本当なら、今すぐ、知らせに行ってほしい、と願いました。
(お母さん、お父さん、幸伸!)
 家族の顔を一人ずつ思い浮かべました。ひょっとしたら、虫の知らせで気づいてくれるかもしれない、と思いました。すると、母の泣き顔が浮かんできて、園芸店を手伝えなくなってしまうことを済まなく思いました。母が一人で重い鉢植えや肥料を運んでいる姿がうかんできて、済まない気持ちでいっぱいになりました。家を救急車で出る時に、母が「がんばれ!」と必死に言った姿と声が蘇ってきました。
(ごめん、これ以上、頑張れない。)
 苦しみが頂点に達し、意識が失くなりました。
「下尾さん、分かりますか⁉︎  下尾さん!」
 真っ暗な穴の底から、薄明るく感じる方を見上げました。誰か男の人の声が聞こえます。ふううっと浮き上がるか、掬い上げられるかの感覚がして、吸い付くように『自分』という容れ物にはまり込みました。それから自分の腕に気付きました。その腕があまりに冷たいので驚きました。しかもガチゴチに固いのです。まるで岩です。ギリシャ彫刻が頭に浮かびました。まさにアレなのです。
「下尾さん、分かりますか⁉︎」
その男の人以外にも、数人いる気配がしました。
「MR‼︎」
 男の人が叫んで、ベッドが動きました。何人もの人に囲まれて、どこかに連れて行かれました。そして、トンネルのような機械の中をグングングン、と通されました。
 次に気付いたら、真っ暗な廊下でした。私のベッドの周りを囲っている人の内、女の人の声が、
「この人、私と二歳しか違わないのに、なんでこんなに髪が黒いん?」
 と、言っているのが聞こえました。
 また、男の人の声が聞こえ、
「下尾さん、分かりますか⁉︎ 下尾さん!」
 と、私の目をこじ開け、強烈な細い光を当ててきたのです。
「う~ん。」
 声が漏れ、目玉も動かせました。
「部屋へ!」
 男の人の指示で、ベッドがまた動き出しました。その後は、何も覚えていません。
 

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