そういうことじゃない。
「そういうことじゃない。」
と、思った経験はないだろうか?
先日、こんな会話に出会した。
「昨日美容室行ったんですけど、アイリットのメンバーみたいに髪色のトーンも落としてみたんです。あ、アイリットって韓国のアイドルなんですけどっ。似合ってますー?」
肩についた髪の毛をくるくるさせながら、上目遣いで後輩の女の子は、照れたように私を見つめていた。
和やかな風景だ。美容室で、憧れのアイドルと同じ髪色や、ヘアスタイルにするだけで、キラキラできる。眩しい。
私は、おばあちゃんの眼差しで、その話を聞いていた。いい話だなぁ。若いっていいなぁっと。
「可愛いよ〜とっても似合うよ〜」
私はそう返そうとしていた。
そこへ、ある男性スタッフがツカツカと話を割って入ってきた。
「それは、文化的侵略ですね」
我々は、ポカンとした。
ブンカテキシンリャク…?
口早に彼は続ける。いつもに増して、黒縁メガネのレンズが発光している。
「国家間の軍事的な介入の際に、まずは、文化を支配しておく、というのは鉄則なんです。これは、韓国に置き換えてみますと、国家において…」
この会話の後の風景はご想像にお任せするが、私は彼のことを「先生」と密かに呼んでいる。
時々ヒールを放つ彼は、相手の懐に入り込むようで、思想がどうも強めな要警戒人物なのだ。
(ヒールとは…相手を癒すとされる波動のようなもので、彼がオート30分で回復させる魔法のようなもの)
※異様に引が強い件について。参照
この出来事の20分後の話である。
先生は、足早に私の元へやってきた。
「田中様が、疑義を申し上げております。」
「ギギ?」
「はい、疑義です」
「GIGI?」
「ギギ、とは疑う、大義の義と書き、疑義と言います。意味合いとしましては…」
「えっと、GIGIについては今はいいです。
田中様のところは伺いますので。ありがとございます。」
先生は、納得のいかない顔で、次の業務に移っていった。
誤解しないでほしいのは、彼は本当に医療人として優秀であるという点だ。
そういうことじゃない。
先生と話していると、どうもこちらが悪いような気になるが、もちろん、彼にそんな悪意はない。わかっているからこそ、そういうことじゃないんだよなぁ。と、思ってしまう。
ただ、彼のことを蔑ろにはできない理由が、私にはある。
これは、数年前までの私の話である。
「味噌汁について、語りたい。」
同僚にそんな話をした時、つまらなそうだから聞きたくないとはっきりと断られた記憶がある。
お正月には、餅のおいしさを、世界中に届けたいと、実家の母に伝えたところ、
「全世界が知っとるわ」
と、返答された。Googleで調べてみると、「mochi」として、取り上げられており、並行して、サイレントキラーとも書かれていた。
うどん屋に入った時のことである。ネギと、天かすがかけ放題だったことに、私はえらく感動してしまった。しかも、生姜まであり、これがうどんの完成系だ…と呟いたものだ。
あまりに感動が強く、やはり同じく同僚に、ネギがかけ放題だった事実と、うどんと薬味の相性について鼻息荒く語った。
やれやれといった顔で、そんなことでよくもまぁ、嬉しそうに語れるね。と全く同調してくれなかった。
代わりに
「NSTのピックアップリストから、採血結果で充足した人外しておいて、あとハイカリ入れた人のフォローも依頼しておいてね」と、ツラツラと仕事の話だけ残して消えていった。喋れるじゃん、と思った。
私は、私にうんざりした。
この感動を共有したいだけなのに。
みんな、食べることは好きではないのか?
食事の話題は共通言語ではないのか?
そして、私は気がついたのだ。
食事を、基本的に一人でしているのだ。
一人で得た感動を人に共有するのではなく、誰かと感動を、分かち合う、すなわち一緒に食事をすることがこの問題の解決策だ。
目下が明るくなる。
チャクラが開いた気がする。
早速試してみた。新卒の若い男の子のナースが、休憩室の隅っこに座っていた。
よし、試してみよう。
「あの、私と一緒にお味噌汁食べてもらえませんか?」と。
「は?プロポーズっすか?」
やはり、何か間違えたようだ。
そういうことじゃない。
私は、種類が違えど、先生と同類である。
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