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小説 『お見通し占い師 上多世綿子』①

(※以前公開した『その星は、暗闇の中で光っている』を改題・大幅に加筆修正したものです🙇)


もや漂う都心の神社。
近くを走る車の音と鳥のさえずりが聞こえる。
1人の女性が、賽銭箱に25年前に製造された5円玉をそっと入れた。
鈴を鳴らし、丁寧に2度お辞儀をすると合わせた手を2度叩いて……

(誰かのお役に立てるように、どうぞお力をお貸し下さい……)

手を下ろすと、もう一度深々と頭を下げた。



港区にあるミマサカテレビ。
上多世綿子かみだよわたこが楽屋に入ると、ヘアメイクの安斉照子あんざいてることアシスタントの槍木うつぎくるみが笑顔で迎えてくれた。
カバーに入った衣装をくるみに預け、鏡の前の椅子に座った。
目の前のテーブルには、少しずつ色が違うピンクのアイシャドウやチーク、グロスなどがずらりと並べられている。

「あら!綿子さん、凝ってるわね~」

肩を揉む照子の親指にぐぐぐっと力が入った。

「相変わらず忙しくって。私の占いが必要なくなるくらい、みなさんのお悩みがなくなってくれるといいんですけど……」
「また、そんな事を言って~!本当に仕事がなくなっちゃったら困るでしょ~?」

照子が、さっき自分で「凝っている」と言った肩をバシッと叩いて、ふふふふふっと可愛いく笑っている。
綿子は、本当にそうなったらどれ程いいだろうなと思った。
鏡越しにくるみの姿が見える。
ケースから取り出した真っ白なドレスを壁に掛け、屈んで裾を丁寧に広げている。

「まぁ~素敵!ウエディングドレスみたいねっ!」

照子がクリクリとした目を輝かせている。
裾までストンと落ちたシルクのノースリーブドレスは一見とてもシンプルだが、ロングトレーンが特徴的だ。

「ありがとうございます。『1周年記念だから、ドレスで!』ってプロデューサーさんに言われて。収録は座ったままだから、本当は胸元が華やかな方がいいんでしょうけどね……」
「でも、今日はこのドレスで正解だと思いますよ~!」

くるみが、「よいしょ!」と立ち上がった。

「えっ!どうして~?」
「だって、今日のゲストって女優の小川流々おがわるるですよ~!衣装の色が被ったり自分より目立つデザインだったりしたら、着替えさせられるかもしれませんよ!それだけだったらいいですけど、『やっぱり出ない!』とか言いかねませんからね。そうなったら、ますます空気が最悪っ。ただでさえ、みんな朝から失礼のないようにってずっとピリピリしていて、こっちまで息が詰まりそうなんですから~!」

外に聞こえないように用心しているのか小声だが、最大限"顔で気持ちを表現"していて、綿子は、くるみちゃんって器用だな!と思った。

「そんな人じゃないわよ~。流々さんって」
「えっ?先生、流々さんと親しいんですか~?」
「親しいなんてとんでもない……。ただ、私がくるみちゃんくらいの年の頃にお仕事をご一緒させて頂いた事があるの。いっつも顔をくしゃっくしゃっにしながら笑っていてね。前向きで優しくて……周りの人も自然と笑顔になっていくの。あっ!撮影が休みの日にね、一緒にお買い物に行ってお揃いのトレーナーを買ったりクレープを食べたりした事があるのよ~。これ、私の密かな自慢!ウフフ……」

両手で恥ずかしそうに顔を覆いながら、少女のようにクネクネ体を揺らす照子が可愛いかった。

「へぇ~!小川流々にも、そんな時代があったんですね~。今日も機嫌よくいてくれたらいいんですけど……。まぁ~、"色々"話題になる人だから1周年記念のゲストにはぴったりですよね~!今回も視聴率数字が取れそうでよかったですね。綿子さんっ!」
「……えっ?あっ……どうか……なぁ~……?」 
「やめなさいよ!ほら、綿子さんが困っているじゃない!すみません本当に~」

綿子が優しく笑いながら首を横に振ると、照子はもう一度頭を下げた後、「はい、くるみちゃん。ホットカーラーをお願い!」と切り替えるように言った。

小川流々は、マネージャーの影石映見かげいしえみが運転するワゴン車の後部座席に座ってミマサカテレビに向かっている。

「ねぇ~流々、聞いている?」
「……えっ?」
「だからね、綿子さんって自宅の和室で1日の大半を過ごすんですって~。それも、立ったまま!目を瞑っていると色々なものが見えてくるからって。何か……"占い師さ~ん"!って感じよね~」

何だか楽しそうだ。

「そうそう!綿子さんっていつも白い服を着ているじゃない?あれねっ、プライベートでもそうなんだって~。毎日!寝る時でもっ!それな・の・にぃ~、365日3食とも"あるもの"を食べるらしいの!何だと思う?」

後部座席ここから映見の顔は見えないけれど、きっと無邪気な笑顔をしているのだろうと思った。
答えはカレーだと知っている。
綿子が雑誌のインタビューでそう話していたのを、偶然美容院で見たからだ。
おそらく、映見も同じ雑誌を読んだのだろう。
でも、映見は……。
個人事務所にも関わらずずっと仕事をしていない流々を責めるどころか、週に1度欠かさず手作りの惣菜を自宅まで届けてくれる。
申し訳なくて何度も遠慮しようとしたが、映見はその度に「作りすぎちゃっただけなのよ~。あ・ま・り・も・のっ(余り物)!それに、流々に会いたいしね~!」と言ってハグをしてくれる……温かい人だ。
だから、綿子のインタビュー記事も偶然目にしたというよりも、今日の収録の為に読み込んできてくれたような気がした。

「え~……?ミートパスタ……とか?」
「ブッブー!惜しいっ!正解は~……カレーなんだってぇ~!」

弾んだ声が返ってきて、心が痛んだ。
信号で車が止まった時、ふいに映見が「暑くない?」と振り返った。
流々は思わず袖を通さずに肩に掛けている黒のカーディガンを羽織り直すフリをしながら、すっかり痩せてしまった二の腕をそっと隠した。
映見に、これ以上心配を掛けたくない。
だから、綿子の占い番組に出演する事にしたのだ。
                            「どうしたの~?そんな思い詰めたような顔をして。もしかして、緊張している~?綿子さんの占い、当たるって評判だもんね~!」
「えっ?……当たるわけないじゃ~ん!」
「意外~っ!撮影に入る前に絶対に神社にお参りに行くから、流々は占いも信じるタイプかと思っていた~。いや!むしろ好きだから、仕事を受けたのかなぁ~って」
「いやいや。神様と占いって全然関係なくな~い?」
「あるよ~!神様に代わってメッセージを伝えてくれるのが、占い師さんなんだよ!ほらっ!天使みたいにっ!」
「映見さんこそ意外っ!普段はしっかりしているのに実は騙されやすいタイプだったんだ~!」
「失礼な~!騙されたりなんかしないよ~」
「怪しい人もいるから気をつけてよね~!それに、もし本当にメッセージを貰えるんだったら、天使とか占い師よりも直接神様本人から聞きたいけどなぁ~!」
「えっ?本人って、『私は神様です!』って名乗るって事?それこそ、信じられなくな~い?……でもよく考えてみたら、当たりすぎるのも困っちゃうよね~。あ~何か私も急に不安になってきちゃった……」

昨日神社に行ってきたから安心して!と言おうとしたが、演じる仕事でもないのにお参りに行ったなんて話を聞いたらさらに心配するだけかもしれないと思ってそっと胸の中にしまった。

「大丈夫だって~。どうせ当たらないんだから~。あっ、そうだ!もし本当に占いが当たったら、ちょうどデビュー25周年だし記念に水着の写真集でも出そうかなぁぁぁ~!」
「えっ!本当に~?じゃ~マイクロビキニ探しとこ!っと。うふふふっ……」
「はははははっ……マイクロって……」

映見の冗談とも本気とも取れる言い方がおかしくて、流々は久しぶりに心から笑った。


つづく







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