【詩】 春の淀み
春の淀みに駆り立てられる焦燥よ
麗らかさを裏腹に惑わす季節よ
香水に浸された銀色のナイフよ
瞬く間に地上の蕾を切り裂き
一変に花は開く
気もそぞろな人々が
一斉に歓喜をあげる
期せずして街はその強い香りに酩酊する
その不気味さ
その狂乱
つきまとう春の妖しいその胸騒ぎ
桜の大樹は見せ物のように
待ちわびた見物人たちが取り囲み
さも珍しそうに人だかりがしていた
奇怪にくねらす老木の枝先には
一心不乱に花が咲きほこり
見る者を幻へといざなう
満開の桜の下
喧騒をよそに
生温かい風が吹き抜け
幹は屹立する漆黒となして
死相を浮かべた老女が宿る
空は歳月をうながし
幾重に重なる思い出は翳り
近づく死も恐れずに
過ぎていく時間を
ただ茫然と見つめている
春の陽光をうけ
不意によみがえる
記憶の彼方にほころぶ初恋を
無心で追憶に思いを馳せながら
忘我の波に呑まれていく
今宵も闇夜の中で花は降りしきる
春の淀みに駆り立てられる焦燥よ
憂鬱から滴り落ちる逃れがたい幻影よ
つきまとう春の妖しいその胸騒ぎ
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