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3-2 企業文化の衝突

~なぜ”常識”が通じないのか~

組織文化が衝突する時

 企業同士の合併など、異なる組織に所属していた者同士が連携して活動するときには、これまでの常識が通じないことが多い。「なぜ会議でだれも発言しないのか?」「なぜ自ら成長しようとしないのか?」「なぜいちいちそんなことに時間をかけるのか?」など、これまで当たり前のように行ってきた仕事の進め方や考え方がまるでかみ合わず、進捗が滞ったり、時には匙を投げて退職する者も現れる。いわゆる文化の衝突である。これは合併にとどまらず、企業内であっても社内新規ビジネスなどで新しいメンバーと活動する場合にも多かれ少なかれ起きることである。組織文化とは、企業の暗黙的な慣習が積み重ねて形成されるものである。これまで企業が成功や失敗を繰り返していく中で、体得してきた行動パターンや思考パターンであり、しっかりとその文化を保持すれば組織は発展し、失えば停滞を招くと考えられているものである。

 企業の文化が明文化されている企業もあるが、明文化されていなくても、これまでの組織内にある武勇伝や、象徴的な出来事、あるいは社内表彰の文面などからも感得できるものが多い。例えば、かつてのリクルートには、あともう少しで月次目標の達成なのだが、どうしても達成できない状況に追い込まれた時に、リクルート社が当時保有していた保養所施設で養われていた牛を売って何とか達成したという伝説がある。当然、リクルートにとって牛は売り物ではないので、これが真実かどうか定かではないが、これは「目標達成は何が何でも諦めないこと、たとえ無茶してでも」という行動パターンが現れている。銀行などの手続きオリエンテッドな組織においては、むしろ悪の象徴として捉えられそうな出来事であろう。もし、銀行員と広告代理店の営業が同じ組織で活動することになったら、ほぼ確実に文化の衝突は起きるであろう。

 これらの衝突を防ぐためには、それぞれが持っている常識を類型化し相対化することで理解を深めることが大切である。まさに「正義の反対にはもう一つの正義がある」ということであり、これを理解するためには相手にもそれ相応の理由があって今の状態になっていることを知っておく必要がある。このあたりのテーマを国家レベルや組織レベルで考察した本として有名なのが、G・ホフステード氏が著した「多文化世界」である。現存する様々な価値観リサーチや、氏がIBM社で国横断的に調査したサーベイなどから傾向をつかみ、思考や行動に影響を与える基礎価値観を6つの次元で編集したものである。また企業文化に特化した本として有名なのが、エドガー・シャイン氏が著した「企業文化」があるが、企業文化はそもそもの真理観、時間や空間の捉え方など、哲学に近い深層レベルでの暗黙了解がベースにあると説いている。これらの知識をベースとしながら私なりの体感値と掛け合わせて実践的に活用しやすいフレームを考えてみたい。

 私は、国内No.1のパソコンスクールと、老舗の資格スクールを統合して作られたリンクアカデミーという新会社の代表として8年ほど活動した。統合して1000人弱の組織になったのだがこの両社だけでも前述の文化について相当ギャップがあったが、それに加えてリンクアンドモチベーショングループの子会社としてのリンクアンドモチベーションの文化を浸透させていくというミッションも本社から送り込まれた者として負っていた。リンクアンドモチベーションは理念型経営を掲げているので文化に対するこだわりも強い会社である。さらには、その3年後にアメリカ人が代表を務める英会話スクールにもジョインしてもらったので、計4つの文化を持っている組織の統合プロセスを実践的に取り組んだ経験がある。会議においても積極的に発言することが良い文化と、控えめにあることが良い文化がある。また制度に対しても目的に沿わないなら変えればよいと思っている文化と、制度やルールは絶対に守らなければならないと思っている文化、技能に対しても伝統を重んじる文化と、進化を尊重する文化があるなど、様々な切り口で文化衝突が起きる。これらの文化衝突に対して、ひとつひとつに向き合い、会社としての方針を定め、時間をかけて統合していくということ取り組んできた。これらの方法論については別の機会でまた検証したいと思うが、この文化衝突を解消する中で、私は“変えづらい価値観”というのが存在しているなと感じることがあった。それは、“何のために働いているのか?”という「仕事観」と“組織は何のためにあるのか?”という「組織観」の二つである。会議の進め方などは、おそらく皆が「そういう進め方もあるよね」と他の価値観を一定理解してもらえるので相対化しやすいのだが、この「仕事観」と「組織観」だけは別次元にあるように感じた。とにかく深く固いのである。シャイン氏のいう深層レベルでの価値観に近いのであろう。今回はこれをフレーム化して表そうと思う。

組織文化のタイプ

仕事観


 まず仕事観である。G・ホフステードさんの6次元モデルなども参照させてもらいながら、自分の体感値も交えて、2軸のマトリクスで4つの象限にまとめてみた。まずは長期的と短期的という軸を置く。これは自分のキャリアを捉える時にどの時間レンジで考えているかという軸である。長期的な意識が強い組織は、個々人のキャリアも「将来にわたって自分らしくあるために、仕事を通じて何を得るか」を考える。短期的な意識が強い組織は、金銭など「自分のメリット享受するために、仕事を通じて何を得るか」を考える傾向にある。次に、横軸には上昇的と成熟的という軸を置く。上昇的とはプラス思考やリスクテイクに近い感覚で、仕事を通じてより明るい未来を創っていこうという姿勢であり、成熟的とは逆にマイナス思考とまでは言わないまでも短絡的な快を自重し、リスクヘッジに近いアプローチをとる姿勢である。そしてそれぞれの象限にラベルを張ってみる(図1)。

図1

まずAの象限は「仕事を通じて安定を得る」という仕事観である。仕事とは生活を守るために行う活動であり、あまり意気込んでやっても損するだけと考えている仕事観である。次にBの象限は「仕事を通じて富貴を得る」という仕事観である。仕事とはお金を稼ぐ手段であり、より多く稼ぐためのゲームのようなものであるという仕事観である。次にCの象限は「仕事を通じて人格を得る」という仕事観である。これは、仕事というのは社会に貢献するプロセスを通じて自分を磨く活動であり、鼻息荒く活動するのは品が無いものであると捉える仕事観である。最後にDの象限は、仕事というのは葛藤を乗り越えていくことで自分を成長させていくプロセスであり、その成長の先に明るい未来が待っていると捉える仕事観である。これら4つの仕事観はどれも間違いというわけではない。しかしながら、お互いに相いれない要素になっている。例えばA(安定)の象限が強い組織と、D(成長)の象限が強い組織は文化衝突が起こりやすい。よくあるパターンがD(成長)の象限にいるリーダーが、Aの象限が強い組織に対して、「創意工夫しようとしない」「積極性が足りない」「仕事が楽しくなさそう」などの決めつけをしてしまい、A(安定)の象限にいるメンバーがますます追い込められていくというシーンが散見される。リンクアンドモチベーションは、「i-Company」というキャリア観を掲げているが、これは自分づくり(成長)によって自由を獲得せよという考え方であるため、D(成長)を当然のこととして扱う組織文化である。そこで生まれ育った人にしてみたら、A(安定)の価値観が信じられないわけである。一方で、A(安定)の価値観にとってみれば、D(成長)の人たちの圧力に気圧されると同時に、ついていけないと思ってしまう。また、B(富貴)とC(人格)も反発しあう。C(人格)の組織にしてみたらB(富貴)の組織の人たちを”金の亡者”とか”目標に取りつかれたワーカホリック“とみなし、その反対にB(富貴)の組織の人はC(人格)の組織の人を”目標に執着しない自由人“とみなす。この価値観は企業内組織にとどまらず、育ってきた環境や現在の生活環境の総合的に培われている価値観であるため、簡単には変わらない。

組織観

 次に「組織観」である。これも2軸でまとめてみる。まず縦軸は集権的と分権的においてみる。集団志向と個別志向、序列思考と対等志向にも近い感覚である。集権的な考え方は「組織は集団原理を発揮してこそ正義である」という考え方であり、分権的な考え方は「組織は個々人の在り方を尊重するべきである」という捉え方である。一方で横軸は、原理的と経験的とおいた。原理的とは「正解や理想を追求するために組織は存在する」という考え方で、経験的とは「存続発展のために組織は環境に適応し続けることが大事である」とする考え方である。それぞれの象限にラベルを張ってみる(図2)。

図2

まず、Aは「組織は機能だ」とする組織観である。これは、組織は目的を達成するために秩序だって活動することで大きな効果を発揮するものであるという考え方である。これはドイツのように、職人別に専門性が発揮されていてそれぞれが共通目的に向かって貢献することで発展していく組織観に近い。続いてBは「組織は市場だ」とする組織観である。これは、組織というのは個々人が活動する舞台であり、競争や協働を繰り返すことで発展していくという考え方である。これはアメリカのように市場流動性の高い雇用環境を前提として状況に応じて束なって活動する組織観に近い。次にCは「組織は作品だ」とする組織観である。これは理想の実現に向けて皆が力を出し合い協働すること、そして組織構造が綺麗に構成されていることで発展してくという組織観である。これはフランスやロシアの序列を明確にし、上層部がしっかりと責任を持ちながらあるべき形に集団を導いていくことで発展していく組織観に近い。最後にDは「組織は家族だ」という組織観である。組織は集団の力学を大切にしながら、状況に応じて対処していくことで発展していくという組織観である。これは中国やシンガポールの仲間意識を前提に力強い牽引者が全体のために考え行動し、皆がそれに従っていくことで発展していくという組織観である。当然ながらこれら4つの象限も正解があるわけではない。ただし、これらの組織が一緒になったときには文化の衝突が起きるのである。A(機能)とD(家族)が一緒になったときに、D(家族)にとっては、A(機能)が無機質で愛のない組織と受け止められるであろうし、A(機能)にとっては、D(家族)は身内で固まって外に開かない組織だと受け止められることがあるだろう。私が代表を務めたリンクアカデミーの前進の会社のひとつはパソコンスクールのアビバであるが、この会社は産業再生機構に入るなど、幾多の厳しい環境を乗り越えてリンクアンドモチベーショングループにジョインした会社である。「生き残る」というテーマで市場と向き合ってきており、また元来序列がしっかりした組織体制の中で育まれてきた組織であったため、象限的にはD(家族)に近かった。したがってA(機能)として捉える組織に対して、人間味が無い、もしくは不遜だという感覚を抱きやすい素地があり実際にそのような声を聴いてきた。またB(市場)とC(作品)においては、B(市場)にとってC(作品)は、個人の自由度を許さない窮屈な組織と捉えるだろうし、C(作品)にとってB(市場)は、秩序なく自由に振舞っているからダメなのだと捉えるだろう。この組織観も生まれ育った家族観や、学校生活や市民生活などで体得した組織観に根差しており、簡単に変えることは難しいものである。

最後に

 この「仕事観」と「組織観」という深層意識レベルでの価値観が異なるがゆえに、企業内の諸々の制度や、個々人の技能に対する捉え方、会議の進め方などの活動レベルでのあり方にも影響を与えて文化衝突が目に見えて起こるのである。カルチャーという目に見えないものが、目に見えるものを動かしている原理になっている。そしれそれらの原理には絶対的な正解は無い。リーダーがカルチャーを育んでいくプロセスにおいては、他の価値観や選択肢を断って活動していくことでそのスピードと凝集度は上がっていくが、様々な組織が統合する時においては、現在の組織をメタの視点で捉えなおし、他の組織と相対化し新たなあり方を模索していくリーダーシップが必要になってくる。その際には、自分たちを支えてきた”常識“をいったん横においておく勇気が必要になるのだ。一般的にはこれを実践できるリーダーシップの方が難易度や希少性は高い。だからこそ、M&Aなどにおいて統合推進者を経験することはリーダーシップを育む良い機会になると考える。

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