眉毛の濃くない加藤諒、探してます

「加藤君、日能研入ったんだ?」

小5の頃、友達の母親に突然言われて驚いた。塾に入ったのを知っていたことに対してではない。日能研だけには絶対入らないと決めていたのに何でそんな話になっているのか驚いたからだ。(日能研は通称NバックというN字の反射板のついたバックで塾通いする決まりがあり、それがダサくてたまらなく嫌だったのだ)

よくよく話を聞くと、模試の成績優秀者欄に「加藤諒」というやつがいたからだった。つまり、俺と同姓同名のやつ。ただ、同姓同名というだけではそれが俺だと判断しないだろう。今はどうだか知らないが、当時は個人情報も緩く受験した会場の市町村まで載っていた。そして、その場所までもが俺の住んでいる市だったのだ。

同じ市に同い年の同じ名前のやつがいる。小学生の自分はワクワクしていた。Nバックをしょった中に加藤諒がいる。塾帰りにNバックとすれ違うと名前がないかチラ見した。大きな模試では名前順に机に座らされることもあり、前後のやつが加藤諒じゃないかカンニングまがいのことをした記憶もある。

結局出会えずじまいだったが、その後も成績優秀者にちょこちょこ載っていたらしい。そいつが成績優秀だときたもんだからこっちは勝手にライバル視。誰だか知らないが負けねぇと中学受験にも身が入り、結果模試でC判定までしか出たことがない志望校にぎりぎり補欠合格で入ることができた。合格連絡が来る期日を超えての連絡だったせいで他の学校に入学金を入れてしまっていたのがたまに傷だが。

当時は名前と受かった学校を記した短冊が厄除けですかってくらい塾にびっしり飾られる時代だったので、日能研に通っていた友人から「多分加藤諒は○○に入学したよ」と教えてもらえた。俺の入学する学校と同じレベルのところで、「よかった」と胸をなでおろしたのを覚えている。

そして、中学高校と上がる中で久しぶりに「そういやあいつ何やってんのかな」と自分の名前を検索窓に打ち込んでみた。すると、出てきたのは俳優をやってるらしい加藤諒だ。当時はまだwikipediaにページもなかったので事務所のホームページを見ると、生年月日が載っていた。同じ学年。俺はすわあの加藤諒が俳優までやりだしたのかと勘違いしたが、出身地が静岡だったので「違うか?」となった。

それが今やこんなに知られた俳優になるとは。wikipediaに載っている情報によれば、高校までそのまま静岡で育ったようなのであの加藤諒ではなさそうだ。今は名刺を渡すとお客さんから「同じ名前の俳優いるよね?」とよく聞かれる。「そうなんです、しかも同い年なんですよ」と返すのが恒例で、一盛り上がりできるので感謝だ。・・・話がそれた。

そうこうしているうちに高校3年生となったある日、「加藤、すごいじゃん!」と友達に声をかけられた。「加藤がそんな世界史できるなんて知らなかったよ!」。そいつは日本史選択で俺は世界史。だから俺の世界史のレベルなんて知らなかったんだろう。またしてもあいつが模試の成績優秀者に載っていたのだ。今や優秀者も都道府県と名前しか載らないから俺と混同したらしい。その加藤諒が俺ではないことをこんこんと説くのも情けないので適当に相槌した。そいつの中で俺は未だ世界史のできる加藤諒ということになっている。

そして迎えた卒業式。卒業式よりも卒業文集の方が記憶に残っているやつも珍しいだろう。

卒業式の後、教室に戻ると卒業文集が配られた。前から回され、先に受け取ったやつらが「え!」とか「おぉ」とか声を上げている。なんだなんだと受け取って自分のページを開くと、今の俺の写真と昔の俺の写真がそこにあった。

うちの卒業文集には面白い仕掛けがある。卒業時の写真と入学当時の写真が載っているのだ。中高一貫だったため、6年前のちん毛も生えてんだかいないんだかの写真とともに、今度はひげまで生えている18の小僧の写真がそれぞれの文章の横に配置されているのだ。

「おー、こんなんだったか?」といぶかしげに見ながら6年前に思いを馳せる。こんなお坊ちゃんみたいだったのか。目がくりくりしていて頭はサラサラのストレート。映り込んだ襟で高いブレザーだとわかる。今や天然パーマに一重の俺だ。隣のやつにも「お前こんなんだったの?悪い方向に整形したな」とはやし立てられる。「お前だってこんなかわいらしい顔してたのがおっさんじゃねぇか」と反撃するが、その差は歴然。俺だけマイケルジャクソン並みの変貌を遂げていた。

6年前の写真は受験票のものからとったらしい。そして「せっかくなので受験票も返します」と6年越しに受験票が手渡された。そこにははっきり加藤諒の名前があり、卒業文集の写真が張り付けられている。マジでこれが6年前の俺の写真なのかーとまじまじ見ていた。

「○○中学 第2回受験 受験票 🔲か🔲
 氏名:加藤諒              🔲お🔲 」

ん?第2回受験?・・・ん?

うちの学校は2回受験日があり、併願も可能だ。だが、俺は1回目しか受けていない。2回目の日には、その入学金を払ってしまった学校を受験していた。

・・・ということは、これは俺ではない。

その瞬間、いろんなことが頭によぎった。これは、おそらく成績優秀なあの加藤諒だろう。そういえば俺は補欠合格だった。しかも期日までに連絡が来なかった。2回目の受験日に受けた他の学校に入学金を納めるくらい後になってからの連絡だった。ということは、2回目受験の補欠合格の連絡だったのでは?取り違えられた?俺は受かってなかった?え、今日卒業式したけど?俺卒業できる?6年前からやり直し?

テンパりながら友達に顛末を伝えると爆笑。一応、俺じゃないやつの受験票なので先生に話しに行くとことが大きくなった。

まずは、俺じゃない加藤諒の写真なので個人情報漏洩的な意味で受験票は回収。だが、これを回収したところで卒業文集にはあの加藤諒が載っている。今後何かしらかの犯罪をしでかしてこれを取り上げられることがあっても、TVクルーも困ることだろう。俺じゃないやつまで映りこんでしまうから。うちの学年のやつらは全員部外者の顔が載った卒業文集を持っているわけだ。俺とあの加藤諒、どちらが部外者かはわからないが。それはまずい、ということで隠すことになった。

ここで思い浮かべてほしい。印刷物に誤植があったとき、上から訂正シールが貼られることがある。最初から貼られていればいいが、後から発覚した場合は自分で貼ってもらうことになる。これを今回のことに当てはめてみよう。間違って違う人の写真が載っている。訂正シールを発注して貼ってもらおう。でも今日は卒業式。生徒に渡す機会はない。ということは郵送しなきゃ。

そうして、俺の顔写真が学校から学年300人に郵送されることとなった。卒業後に学校から届く手紙。なんだろうと思って開けてみると俺の顔写真。恐怖でしかない。何も知らない他クラスのやつらにとってみれば呪いの手紙だろう。社会科資料集なんかにあった歴史上の人物シールのように落書きに使われるならまだいい。「なんだこれ」と大半の人がシールを貼ることなく捨てるだろう。300人に配っていくつ捨てられるのか。封を開けられもせず捨てられたり、くしゃくしゃに丸められて捨てられたり。あまりにむごい。そのため顔写真を送ることにノリノリの先生を止め、普通に白いシールを送ってもらうことにした。どちらにしてもこの顛末と白シールが急に学校から送られるという辱めを受けることには変わりないのだが。

そして、先生曰く「加藤君は確かに合格しています。受験票を取っておくときに多分間違えて取っちゃったんだね」。卒業式にして裏口入学が発覚するのは学校の体面もあって流石にできなかったんだろう。そのまま当時の実情は語られず俺は放免となった。その後友達といったボウリングでは「ニセモノ」という名前でボールを放る羽目に。散々いじられた。

結局それから加藤諒には会えていない。今でも俺の一歩先をいく活躍を見せているんだろうか。さらには、俳優の加藤諒まで登場している。あの加藤諒も影響を受けているんだろうか。小6の顔しか知らない加藤諒。今はいったいどこでなにをしているのだろう。

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