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“パンにならない”はずだった小麦の奇跡

東京ドーム1個分の小麦が水の泡!?

ベーカリーバカンスとル・クロワッサン・ド・バカンス両店では、山口県の自社農園で育てた国産小麦を使用しています。

これまでの「せときらら」よりも育てにくく収量も落ちてしまうものの、しっかりとタンパク質を持ち合わせたおいしい小麦の栽培にチャレンジしてみよう! と、新たな品種「ミナミノカオリ」の麦まきをスタートしたのは2022年11月初旬のことでした。

その後、昨年の6月10〜12日にかけて収穫を行ない、日本穀物検定協会の検査へ。しかし、ここで思いもよらないアクシデントが勃発。一番避けたい事態が起こってしまったんです……(涙)

約4.5ha(ほぼ東京ドーム1個分)、収量にして10tにもなる今回の小麦。

検査結果の数値から判明したのは、

「この小麦、パンにならないかもしれない……」

という衝撃すぎる事実でした(膝から崩れ落ちそうな事態!!!)。

ここまで手間暇かけて育ててきたのに、パンにならないってどういうこと…!?

どれだけ控えめに言っても絶望的(涙)な幕開けとなった、ミナミノカオリの初めての収穫そこからの奇跡的な軌跡を、包み隠さずお伝えしようと思います。

1週間の刈り遅れで「穂発芽」状態に

結論から言うと、今回のミナミノカオリは一番避けたい「穂発芽」という状態になっていて、その大きな原因は刈り遅れでした。たった数日の収穫時期のズレです。

収穫のタイミングは社長の神尾が判断する部分もありますが、JAさんや県の農林水産事務所さんと共同で検証しながら、それぞれの意見をまとめて「このあたりで刈りましょうかねぇ」と決めています。

昨年は雨が少ないこともあり、総合的に考えて6月の10〜12日を収穫のタイミングとしました。が、バカンスの小麦栽培に携わってくださっている山口大学の荒木教授からは、実はその1週間前くらいに「もう刈った方がいいんじゃないか?」との提案もありました。

というのも、6月7〜8日は雨の予報だったから。

収穫時期の前に雨が降るとどうなるか?というと、小麦が穂についた状態のままで発芽してしまう穂発芽のリスクが高まってしまいます。これが非常に怖い。

穂発芽した小麦はデンプンを破壊する酵素が活性化しやすくなり、アミロース値の低い、いわゆる「低アミロ」という状態になります。
デンプンが分解されると今度はグルテンが形成できずに水を含まないため、パン生地にならなかったり、膨らまないパンになってしまうんです。

今回収穫した小麦は、まさにその状態でした。

フォーリングナンバーとは、小麦粉のデンプン粘度のこと。
この数値が低いと低アミロとなり、パンにならない可能性が非常に高いのです。

ミナミノカオリのようなパン用小麦は穂発芽耐性が低いとされているため、収穫時期が梅雨と重なる日本においては栽培がとても難しいんです。

ミナミノカオリのフォーリングナンバーの基準値は300以上。今回は140で半分以下でした。その一方で、おいしさの決め手となるタンパク質の値は上出来で、理想とされている12%を超えた数値に!高タンパクを目指してこだわってきた栽培方法が実を結んだことも結果にあらわれました。

「パンになる保証はありませんがどうしますか?」

1週間の刈り遅れによって進んでしまった穂発芽。荒木教授いわく、フォーリングナンバーの数値が200程度なら製パンには影響しないとのことでしたが、今回の数値は140。フォーリングナンバーが低いと、他の小麦とブレンドしたとしてもその小麦のデンプンをも溶かしてしまう可能性があるそうで、製粉会社さんには製粉自体を嫌がられてしまうかもしれないとのこと。

そもそも製粉すら無理かも!?という最悪の局面に直面したのでした…。

10tもある小麦をこのまま捨ててしまうのか?と悩み、お世話になっている大陽製粉さんに相談することに。大陽製粉さんの方でも数値を調べてもらったところ、アミロ値は66と立派な低アミロ(涙)。

「200を超えないとパンにならない可能性が高いですが、それでもやりますか?」

と言われましたが、とにかくチャレンジしてみようと最低ロットの1tを製粉してもらうことになりました。

製粉された小麦は、バカンス&ル・クロワッサン・ド・バカンス両店舗のシェフの元へ。ところが、神尾も荒木教授も想像できなかった結果が待っていたのでした…。

パン職人のリアルな反応は、「え?これめっちゃいいやん」

問題の小麦粉。パン職人の村本と追中はまず直接手で触ってみて感触を確かめます。

「ギシッと詰まったような感触で、いつもの小麦と違うのがすぐわかりました」

「これまでのせときららは、ちょっと粒子が粗い感じというか…やっぱりうどん用小麦のDNAを感じるような感触だったんです。でも今回は、こうして握った時にしっかりとした握りごたえがありました」

新しい小麦粉が届くと最初に、その粉だけを使ったバゲットを作るという二人。小麦・塩・水・イーストのみで焼き上げるバゲットはパンの中でも一番シンプルなので、小麦の特徴がよくわかるからだと言います。

「水を入れた瞬間にめっちゃいい香りがして。甘いような、トウモロコシの香ばしい香りのような…。ミナミノカオリの特徴がすごく出ていました。実際に焼いてみるとこれまでよりも圧倒的に味が深くて、いつも以上に膨らんだんです。あれ? 思ってたよりもめっちゃいいぞ。と驚きました」

「なんせ今回の小麦は、味がいいっすね」と村本シェフ。

「低アミロの小麦を扱う時は、こねあげの温度を上げすぎず、発酵の際も低温で短時間の方がいいと言われています。でも今回はそんな工夫をせずともおいしく仕上がりました。うちのパンは一晩寝かせるから、相性は悪いはずなんですけどね」

酵素の活動は温度の上昇で活発化するため、もしかすると春夏には状況が変わる可能性もゼロではありませんが、現時点では最高のパンに仕上がっています。

「小麦粉って当たり前に業者さんから購入できて、何も考えなくてもそのまま使えるものだという認識が正直強かったんです。でもこうして自社で小麦を育てていると、国産小麦の品質を安定させるのがいかに難しいかということや、栽培側のこだわりがこんなにダイレクトに味にあらわれるのかと実感します。今回のようなトラブルが起きた時にどう対応するのか?という課題にも直面しました

何度かこのnoteでも書いていることですが、やっぱりパンは土からできているんですよね。
「畑から食卓へ」。今回のミナミノカオリの栽培を通して、バカンスのパン職人たちも改めてその意味を実感しています。

バカンスは畑と食卓の中間地点

数値だけをみると、「パンにするのは難しいのでは…」と思われた小麦が、無事にパンになっただけでなく、なんと非常にいい仕上がりになったという奇跡的な結末

ただ「なぜそうなったのか?」に対する明確なアンサーは、まだ出せていないのが現状なのです。。。

現在店頭に並ぶパンには「ミナミノカオリ」を使用しています。
今回のトラブルのため断念した新小麦のイベントは、今年こそ開催したいところ。

粉の個体差なのか?それとも今後、温度による変化があるのか?これらを経過観察をして調べていくのが、今年の課題の一つです。

今回失敗した収穫時期のタイミングだけでなく、尿素散布の量や排水性の問題など、あらゆる対策を一層強化して、今年も最高の小麦を追い求めていきます!

バカンスは、畑と食卓をつなぐ中間地点。来てくださるお客さまに、おいしいパンの向こうにある畑の景色やエピソードをこれからもお伝えしていけたらと思います。


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