人間試験

○登場人物

男1 32歳
男2 試験の教官、50代
女  試験の教官、40代後半

※本作は一部差別的な表現と過激な表現が含まれております。

試験会場。広々とした空間に会議用の長机と椅子。壁には丸時計がかけられており、時刻は9時50分。
男1が参考書のようなものとノートを広げており、机にかじりついている。かなり焦っており、何かを覚えようとして必死に呟いている。
男2は会場の入り口に立ちながら、男1の様子を見ている。
会場内には男1と男2の二人しかいない。

男2、腕時計を見て、男1に話しかける。

男2  あと10分で始めますよ。

男1、無視して勉強を続けている。
少しの間。

男2  (溜息まじりに)もう無駄たと思いますけどね。

男1  うるせえよ!

男1、今度は覚えたものをノートに写していく。今更書いて覚えようとしているようだ。

男2  何で今までやって来なかったんですか。

男1  喋りかけんな!

男2  いや「普通の人」だったらこんな試験要りませんよ?

男1、爆発したかのように短く叫び、試験官に近寄る。
胸ぐらを掴み勢いで殴りかかろうとするが、何かに気づいたかのように手を止め、男2から手を放す。

男2  あの、一応見られてますんで。

男2、天井の隅にある監視カメラを指さす。
男1、つられて視線を移し、そして悟ったかのように席に戻る。
が、先ほどまでの必死さがない。諦めたような表情である。

男2  海外在住特例でしたっけ。

男1  そう。

男2  日本のニュース、見てなかったんですか?

男1  普段見ねえし見る機会なかった。

男2  無いってことは無いでしょう。

男1  ムショ入ってたの。

男2  どこの。

男1  インディアナ。

男2  なんでまた。

男1  クスリのブローカー。

男2  刑務所に入ってても、ニュース見る機会くらいは。

男1  あっちってさ、日本と比べて自由なの。テレビよりも
    ポーカーしてた方が楽しいの。みんなそう。

男2  にしたって、勉強するくらいの時間はあったでしょう。

男1、徐々にまた苛立っている。

男1  刑期満了になって、ビザが下りて帰ってこれたのが1週間前だぞ!
    そんで日本の制度が変わってるから試験受けなきゃいけねえとか、
    訳わからねえだろ!

男2  あなたこれでもだいぶラッキーなんですよ。
    普通、前科者って試験すら受けられないんですから。
    海外在住特例が無ければ、
    試験の期日も延長されてませんからね。

試験会場にチャイムが鳴る。
男1、緊張し息を呑む。

男2  あ、これ予鈴です。あと約5分ですね。

男1、息を吐く。
少しの間。

男1  腐ってる。

男2  日本が?

男1  ああ。

男2  この国は、すっかりダメになってしまいましたね。

男1  あー懐(なつ)い。キタノ映画だっけ。

男2  ビートたけしは合ってます。
    深作欣二の「バトル・ロワイアル」ですね。

男1  (溜息)

男2  あなた本当に何も知らないんですね。

男1  優性人種優遇制度ってのができたのは知ってる。

男2  はい。

男1  日本のニュース見てビビったわ。
    なんで動物園で人が動物扱いされてんだ。
    人間が人を見て趣味が悪いだろ。

男2  その人たちは、人間扱いされてないんですよ。

男1  あ?

男2  試験に落ちた、あるいは受験資格が無いから、
    人間として認められなくなったのです。

男1  ……気持ち悪ぃ。

男2  でもあなたもああなっていたかもしれない。

男1  ……なんで。

男2  人間として劣る人間は必要ないんです。
    知能が低い人とか、身体や心に障碍を持つ人とか、
    犯罪を犯した人とかは、
    生きていても、子どもを産んでも、
    結局社会にとって不利な遺伝子を残すことになります。
    そんな人間は振るい分ける必要があります。

男1  ……俺もなのか。

男2、手元のクリアファイルを見る。男1の情報が載っているようだ。

男2  えーと……。一応、治外法権が適用されたみたいですよ。
    日本でこの制度が可決される前に収監されてたと書いてます。
    領地裁判権によって、海外で犯した罪は海外で償った、
    なので一応受験資格はあるみたいです。
    日本での前科は、お調べしたところ無い、とありますし。

チャイムが鳴る。
男2、腕時計を見やり、男1に参考書やノートをしまうように催促する。
手元のクリアファイルから問題用紙と回答用紙を取り出し、
男の前に並べる。
チャイムが鳴り終わると同時に、女が入ってくる。
息が上がり、髪が少し乱れており、妖艶な雰囲気を醸し出している。

女   井上さん。

男2  香山さん、どうしました。

女   実技の方、準備できました。今日は受験者が一人ということで…。

男2  いえ、先に筆記から。

女   でも……。

男1  お、おいちょっと待ってくれ。なんだ実技って。

男2  あれ、受験票に書いてませんでしたか?

男1  知らねえよ! 筆記だけじゃねえのか!

男2  (手元のクリアファイルを見て)…あ!
    すみません、案内が漏れていたみたいですね。
    午後に実技試験が入ります。

男1  何の。

男2、女を見て、

女   今日はよろしくお願いします。

男1  …は?

男2  性行為の実技です。

男1、言葉が出ない。

男2  健全な生殖能力があるかを確かめます。
    少子化に貢献できるかのテストです。
    まあ、あなたの場合遺伝子を残せるかどうかは…。

男1 (呆れ笑いしながら)いや、いやいやいや…。

女  香山さぁん。

男2 なんですか。

女  早くぅ。

男2 抑えきれないんですか。でもダメです。筆記が終わってから。

男2、女にキスをする。舌を入れるキスで、数秒お互いの身体を弄る。
男1、吐き気が堪えられない。

男2 今はこれで我慢してください。

女  はぁい。

女、会場から出る。

男2 さ、始めましょうか。

男1 バカじゃねえの…?

男2 え?

男1 気持ち悪ぃよ、お前ら狂ってる…。

男2、淡々と用紙を並べ準備を進めている。

男1 あんなババアとヤレるわけねえだろ!
   なんで人間らしいことの試験でセックスしなきゃなんねえんだよ!
   キモすぎんだろ!

男2 いい加減にしてください!!

間。

男2 せっかく試験を受けさせてもらえるんですよ…?
   チャンスなんですよ!?
   あなたが海外で行った犯罪は清算されて、
   日本に戻って生活ができるんですよ!?

男1 だからなんでこんな試験受けなくちゃ
   生活ができねえんだよ!

男2 この国はもう優秀な人しか生きられないんです。

男1 じゃあお前は優秀な人間なのか。

男2 そりゃ、試験受かったからここにいますし。

男1 じゃあ今まで嘘ついたことねえのか!?
   テストで100点以外とったことねえのか!?
   頭の良い大学出てるのか!?

男2 ……。

男1 だいたいなんだよこの問題集は!?

男1、鞄をひっくり返し本やノートを荒々しく出す。

男1 こんなお受験みたいなことやんねえと
   人間らしく生きちゃいけねえのか!? あん!?

男2 仕方ないでしょう! 富国強兵を目指すには、
   優秀な人間だけ遺伝子を残して次の世代を作るって、
   それがこの国の辿っている道なんです!
   あなたは海外にいたから知らないでしょうけどねえ、
   この国がどこまで衰退しているか知ってますか!?
   出生率は15年連続で減少していて、
   反対に自殺率はどんどん上がり続けているんです!
   その上医療が発達しているから、寿命だけますます伸びている!
   その結果、働き盛りの労働人口は減っていって、
   大量の高齢者の尻ぬぐいを、数少ない誰かが行うことになるんです!

男2、息を整える。

男2 ……だからまず、生産能力のない高齢者や浮浪者や無職、
   後世に残す価値のない人間を、この試験でふるいにかけたんです。

男1 ……なんだと?

男2 あなたさっき腐ってるって言いましたね。
   ……私もそう思います。
   私の親父もね、受けようとしたんですよ、この試験。
   癌で入院している時だってのに。

男1 結果は?

男2 受けさせてすらもらえませんでした。
   ……笑っちゃうでしょう? 生い先短いし、癌を患っているし、
   健康な思考と身体じゃないから、価値すらなかったんでしょうね。

男1 それで、どうしたんだ。

男2 ……国から、安楽死を提案されました。

男1 ……!

男2 このまま生きていても、病床が圧迫するだけですし、
   医療従事者が圧迫されるだけですからね。

男1 そんなの、

男2 ええ、「死刑」ですよ。いわゆる。
   そしてそれは、親父だけじゃありませんでした。
   試験に不合格だった人間は、人間以下の扱いをされるくらいなら、と
   進んで自ら命を絶っていきました。

男1 ハッ、ざまあねえな。結局自殺者が増えるだけじゃねえか。

男2 ええ、国のやってることは矛盾してます。
   それでも、無意味な人間を消せたと思ってるんでしょうね。

少しの間。

男2 受けましょう。受けてください。
   これ以上親父みたいに人間の権利を失った人を見るのは嫌なんです。

男1 ……。

男2 私だって別に好きでもない女性とキスなんてしたくなかったです。
   でも、立場を守るためには仕方無かった。
   権利を守るためには仕方なかった!

男1 ……。

男2 最低合格ラインさえ届けば、結婚と出産は認められなくても、
   労働する権利と、生活する権利は保証されます!
   あなたは五体満足ですし持病も無いことですから、
   受かればきっと……。

男1、机を大きく叩く。
問題用紙と回答用紙を真っ二つに切り裂く。
男2、呆気に取られている。
男1、そのまま出ていこうとする。

男1 刑務所の中で仲間とポーカーやってたときはよお、
   真剣勝負って感じがした。
   相手のツラ見て、心を読んで、ここが勝負ってところで勝負かけて、
   勝てば最高に気持ち良いし、負けても楽しかった。
   ひりついたよ。自分のチップとプライドをかけて、
   生きてるって感じがした。

男1、男2の方を向く。

男1 俺は立派に生きていくってのは、それで良いと思ってんだよ。
   人間の生き方なんて比較できるもんじゃねえ。
   殺しで捕まったやつ、シャブ打って捕まったやつ、
   それでもあの監獄の中では皆同じ仲間だった。
   プレーヤーだった。
   人間、生まれた瞬間、赤ちゃんの時から
   価値のある人間も、価値のない人間もいねえんだよ。
   今の自分に真剣に、必死こいて生きるやつ、
   そこになんの優劣も無いんじゃねえのかなあ。

男2 ……。

男1 ま、その結果、裏の仕事やった俺が言うことじゃねえか。

男1、踵を返す。

男2 どこに行くんです。

男1 ま、国に見つからないようにして生きてくしかねえだろ。

男2 どうやって。

男1 さあな、それこそ頑張るしかねえだろ。

男1、会場を出ていく。

男2、立ち尽くしているが、やがて我に返る。
散らばった本を拾い集めながら、口に大きな不快感を感じ、
唾を吐き捨てるように「プッ」と口から音を出している。
本をまとめ机の上に置き、男が裂いた紙を見つめる。
それを自分で更にぐちゃぐちゃにしたり、
もっと裂いたりする。
やがて、細かくなった紙を手で握りつぶしながら、机に突っ伏し、
声を上げて泣き始める。

チャイムが鳴る。
場は徐々に溶暗する。

(了)

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