うずまきあやたんの歴史①

1986年8月9日生。

普通分娩だと、目が見えなかったそう。

なんていう病気だっかしら。

帝王切開で生まれました。

でも、帝王切開で生まれたら、箱みたいなのにいれられますやん?その中で、オギャーオギャーとうるさすぎてすぐ出されたそう。(笑)

よく笑う子で、愛想がめっぽう良かったそうなのですが、自我が芽生えると突然人見知りに。

お母さんの足元に隠れて、人の顔を伺う。

股の間からね。(笑)

4歳離れた弟とは仲が良く、わたしが幼稚園の送迎バスから帰ってくると、母とまだよちよち歩きの弟はいつも迎えに来てくれていて、

バスから降りた途端

「きょうちゃぁぁぁぁん!(弟を"きょうちゃん"と呼んでいました)」

「おねぇちゃぁぁぁぁぁん!」

と生き別れた姉弟のように感動の再会シーンを毎日繰り広げておったそう。

料理が上手なお母さんは、お家でコンロの火で焼けるパン(棒にパンのもとをねじねじして、焼く)や、スペアリブ、テールスープ、季節のお野菜を使った四季折々の料理、フルーツも季節が変わるごとに買ってきてくれて、いろんな味と、喜びを学ばせてくれました。

スパイスも好きでね、スパイスカレーもよく作ってたよ。

お父さんはお酒が好きで、

わたしと弟はいつも、お父さんが帰ってくるまでに、コップを水で濡らしてから冷凍庫に入れていた。

お父さんがお仕事から帰ってきたら、そのコップで美味しいビールを飲んでもらうために。

柴田家は、最高ずまきな家庭だ。

大人になってから番組の企画で手相占いをしてもらった時、

「家族関係で大変」だと占われた時は、びっくり仰天だったけれど、

考えてみると、大変なのかもしれない。

その話はまた今度。

でも、生きていると大変なことなんていくらでもある。

小さな幸せを見過ごさず、感じる心を忘れない。それが一番大事。

最後まで読んでくださりありがとうずまき。

今日も一日、頑張ろうずまき。

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