失敗は失敗の素
教養系の本で有名で人気(だと認識している)な、「失敗の科学」を読んでいます。「読んでいます」なので、読み途中。
帯に「小説のように読める」と謳われていますが、ちょっと色をつけすぎかな?と思ってます。まだ正確な評価ではないですけど、1章を読んだ感想でしかないので、読後の所感は違ってくるかも。
1章しか読んでない上での概要になりますが、本書が伝えたいことは掴めました。
「失敗を隠さず、ほかの人の失敗も自分ごととして捉える」ことが重要。
失敗を隠したくなるのは、プライドや自分の専門性を過信する傲慢な心、自分が属している組織の風習や権威への配慮。
ひと言で締めるなら、「見栄」になるんでしょうか?
航空業界と医療業界の対比が本章では語られていました。前者は「失敗を解放して学ぶ」業界、後者は「失敗を隠蔽して保身にはしる」業界といった対比がされていました。
どちらの業界も1つのミスが、人命に関わってくる業界です。つねに完璧を求められる業界。1つのミスでもあれば、外部からの非難は避けて通れません。ましては、鼓動が止まるようなことがあれば……。
「リーガルハイ」というドラマでも、医療過誤による裁判がテーマとなった回がありました(あったはず)。その回で主人公が「だれかの命の上で、現代医療は成り立っている」旨を発言しました。
この発言が示すとおり、いま存在しているあらゆる事象や現実は、だれかの犠牲の上で組み上げられています。
「犠牲なき進歩」は一見耳障りがいいようで、中身を開けてみればそこにはなにもなく、ただの虚構です。
「失敗は成功の元」と言いますが、すべての失敗が成功につながることはありません。そうだったら、失敗が恥ずかしい風潮なんて存在してないです。
「失敗した」事実を真摯に受け止める、ビジネス書によくある単語になりますが、「勇気」が必要なんだと思います。
航空業界のだれかの失敗が見れるようにする仕組み、その失敗から得られた知識を行動に落とし込む取り組み、それを全世界規模で徹底させる統率力。これこそ失敗をただの失敗で終わらせず、次なる犠牲を生じさせないための「失敗は成功のもと」にしている仕組みです。
日常的にだれかの生に触れている業界に身をおいていないですが、ふだんの何気ない失敗を数多く犯しています。
「あぁ~~、しくったぁー」で済ませていたことしかなかったので、まあ、楽観的で悲観に暮れることがないのでマシですが、これからは「成功の素」を生み出せるように生活したいです。
その第一歩として、「失敗」を隠そうとするのをなくしていきます。今日の仕事の中でも失敗を犯しましたが、上司に大っぴらにしました。これができたのも、1章を読めたおかげです。
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