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親子が別々に暮らすということ

未成年の息子を追い出す夫。
そうなってしまうほど夫も限界だった。

保護観察ということもあり、親の関わりや接し方についてやんわりではあるが助言のようなものもされる。

時には面識のない市の担当の人に子育てについて柔らかく遠回しに言葉をかけられることもある。
過敏になっている夫の心はもう閉じていた。

もう誰かに何か言われることを拒否していた。

親子は一緒に暮らした方がいいのかもしれない。
そして離れた方がいい時もあるのかもしれない。
正論が役に立たない場面がたくさんあった。

追い出されることになった次男は勤め先の寮で暮らすことになった。

次男はスイッチが入ると早い。
あっという間に荷造りをし私の運転で寮まで行った。

次男と次男の友達、引越しの荷物で車内はぎゅうぎゅうだった。

寮に着くと先輩らしき人が愛想のない会釈をして黙って荷物を運んで行ってくれた。

こういう先輩は優しい人だとすぐにわかる。

あっという間の引越しは終わり別れの時間になった。

私は念のため、1万円の現金と、簡単に使わないように1万円のQUOカードを渡し、少し泣いて別れた。

現金2万円を渡してやればいいのに、あえて簡単に使えないようにする私だった。

車でたった10分の距離の引越しだったが、すごく遠いところへやってしまった気持ちだった。

次男のこのような状況は保護観察所や保護司とも共有される。
もともと一人暮らしをしたいと思っていた次男は自分が働いたお金で生活用品を揃えたり、買い出しに行くのが楽しいと保護司に話したらしい。

次男は傷ついていてもその中で生きる強さがあったのかもしれないし、それしか選択肢がなかったのかもしれない。

それぞれが心の中で考えている気持ちは想像しても分からない。

私はさみしさの中にいたが、次男の新生活は始まった。

…当時の自分の手帳を読み返した。
「つらい、苦しい、誰か助けて、もう自分を保てない、誰も頼れない、いつまでこんなこと…」と。

もし私が死んでいたら成仏できず幽霊にでもなっていたのではないかと思う。

でも手帳の最後にはいつも
「頑張れ私、絶対良くなる、頑張れる、頑張ろう」と自分を励ます言葉を書いていた。
あの時代の私に会いに行って話を聞いてあげたい。

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#息子 #日記 #母親 #父親

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