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【短編】石屋(4000字)

骨董屋のような怪しげな雰囲気のする宝飾品店の一番奥の奥の奥の方の片隅の棚でその石を見つけた。

一見、ただの石だ。
その辺りにいくらでも転がっていそうな、何の変哲もない石っころ。

だが、よぅく見るとその黒っぽい地肌に細かいひび割れがあり、そのひびの隙間からわずかながらルビーのように燃える光が見える。
角度を少し変えると今度はその光はまるでエメラルドのように見えた。

ケースにも入れられず、無造作に棚に置かれていたその石を手に取っては、飽きもせずあっちへひっくり返し、こっちへひっくり返ししてずいぶん長いこと眺めていた。

「あんちゃん、お目が高いねぇ」

気が付くと、店の親父が接客を終えて俺の背後に立ってニヤニヤしていた。

「親父、これくれ」

俺は散々こねくり回したその不思議な石をついに持ち帰ることに決めた。
どうにも魅了されてしまったのだ。
とはいえ、何故なのかは分からん。
不思議だった。

「こいつが欲しいのか。そりゃあいい。あんたァ、立派だよ。近頃じゃ、みな、表に面したガラスケースに飾ってあるような、面白みもへったくれもない石ばっかり欲しがる。売ってるこっちも面白みがないってもんだ」

「そんな、親父。商売だろうよ。それに、表に見えるように飾ってあんのはこの店で一番高い上等の宝石じゃねぇか」

しかも、飾ってんのは親父、あんただろ。

「あぁ、確かにそうだがな。あんなのは、ただ表面がキレイで一見価値がありそうに見えるだけさ。そんでな、あれを身に付けりゃ、身に付けたてめぇまで価値が上がったように錯覚すんのさ。さらにな、ああいうのは、高い値札が付いてりゃ何故だか客の方が勝手にいいもんだと思って勝手に欲しがるんだ。だから、ああして見せびらかしてるだけだよ」

「へぇ、じゃ、この石はそんなのとは違うってかい?」

店の親父は元々丸い目をさらに丸くして言った。

「あぁ、そりゃあ違うさ!いやぁ、あんたァ目利きだよ。ほら、玉石混淆って言うだろ。これは、その玉の方さ」

「それで、あっちが石ってわけか」

俺は、立てた親指で通りに面したショーウィンドウの方を指した。

「その通りだ。しかし、こいつがここに置かれてから手に取った客は、あんちゃんただ一人だよ。いやぁ、泣けてくるなぁ。こんな時代にこいつを欲しがる若者が現れるなんてなぁ」

親父はそう言って本当に泣き始めた。
めんどくせぇな。

「いいから、これくれ。一体いくらなんだ」

おいおいと泣いていた親父は、俺の声にはっと顔を上げ、勢い込んでこう言った。

「オレは感動した!だからな、これはくれてやる」

「は?いいのか?タダってこと?」

「あぁ、そうだ。持ってけ」

店の親父はそう言うが、本当にいいのだろうか。
いや、それよりもタダってなんか怪しくないか。
不思議な石を握りしめ、しばらく考えあぐねた。

「……実はこいつは、ちっと、手間のかかるヤツでな。正直、持ってってもらえると助かるんだ」

何だ、やっぱり事情があんのか。

「手間…?」

「そう、まずな、毎朝七時に木綿の布で磨くんだ。その後、八時から正午までは日の光に当てる。雨の場合は六十ワットの蛍光灯の光でもいい。ただし、その場合は十一時までだ。それから、アルカリイオン水に四時間つけて、その後…」

「ちょ、ちょっと待て。とても覚えられねぇ!メモにしてくれ」

溜まらず声を上げた。

「あぁ、そうだ!こいつが売れた時のために作ったマニュアルがあるんだった」

しばらく、店の奥に引っ込んでゴソゴソやっていた親父が戻ってきた。
その手にはくしゃくしゃに畳まれた紙が握られている。

「この通り、頼むよ。今は寝てるが、起こしてやってくれ。これまでは、夜の度、寝かしつけるのが大変でな。ちっと、店に置くには持て余してたんだ。可愛がってやってくれ」

店を出る時、親父はそう言っていた。

寝かすだの、起こすだの、一体何を言っているのか分からなかったが、俺はそれでも満足だった。
手の中の石を見ると、今度はサファイアのように青い光を漏らしていた。


―――


さて、親父から石を譲り受けて一週間が経った。
マニュアルにも慣れてきた。
未だ、この石を気に入った理由はよく分からなかったが、それでも俺は気にしなかった。

そして、十日目のある日のこと。
朝目覚めると、石を置いていた所に変なものがいた。

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これだ。

そして、昨日までの石はどこにも見当たらない。
まさか、こいつがあの石なのか…。
あの石が、こいつに変化した。そうとしか考えられなかった。
そういえば、マニュアルには日に当てろだの、水に漬けろだの、植物を育てるようなことが書いてあった。
よく見りゃ、こいつは花に見えなくもないか。
これは、成長ってことでいいんだろうか。

よく分からないが、またしても俺は気にしなかった。


石は花になってから自由に動き回った。
朝食の時には食卓に上ってきてパンに付けるバターを欲しがったり、ボウルに水を入れておいてやると自分で水浴びをしたりした。
クンクンと甘えたような声を出してすり寄ってきたり、そこらを駆け回ってはしゃいだり。
始めこそ、戸惑い、困ることもあったがそのうちにすっかり慣れてきて、今では可愛いとさえ思えてきている。

ペットを飼うってのは、こういう感覚なのかもしれねぇな。

生まれてこの方、何かを飼ったり育てたりしたことがなかった。
そんなもの、人間のエゴで傍に置いているだけじゃねぇか。
わずらわしい。そう、思っていた。

だが、今のこいつは何だ。
すっかり俺に懐いている。
俺が投げたペットボトルキャップを拾ってきては、またやってくれとせがむのだ。
そして、それをわずらわしいとは思わない俺が確かにいた。

こんな具合に石の花との生活は過ぎて行った。


そしてまたある日のこと。

今度は、石の花が寝ていた所にダイアモンドが落ちている。
は?
なんだ、これは。
まさか、あいつ、このダイアモンドになりやがったのか?
朝日を浴びてキラキラと輝くそれは、アーモンド程の大きさがある。
俺はその塊をつまんで持ち上げてみた。
重くはないが、何というか、別の重みがある。

は?
なんだ、これ。何カラットあるんだ。
こんなダイアモンドは、見たことがない。
本当に、あの石の花がこのダイヤモンドになっちまったっていうのか。

石、石の花、花の次は実か?
これは、あの石の実だっていうのか?

何が何だか分からないまま、夜になり、また朝がやってきた。

ダイヤモンドになってからというもの、元石はパンケーキを焼く俺の腕をよじ登ってきたりはしないし、花びらをゆらしてシロップを欲しがったりもしない。
カフェに出掛ける俺の尻ポケットにこっそり忍び込んで、危うく潰れかけたり、日向ぼっこをしながら、時折鼻歌のようなご機嫌な声を漏らしたりもしなかった。

何てことだ。俺は、すっかりあいつと過ごす日常を当たり前だと思っていた。こんな日がこれからもずっと続くと思っていた。
それは、幻だった。
いまこうして、あの石の花はダイヤモンドになって、ただそこに転がっている。
俺にとっては、こんなもの、何の価値もなかった。
俺が欲しいのはこんなものじゃない。

俺は、宝飾品店の親父からもらったあのマニュアルを隅々まで眺めてみた。
が、こうなった後のこと、石の花に戻す方法なんて、どこにも書いていなかった。
そもそも、花になることや、花になった後のことだって書かれてはいなかった。

そんなこと、分かっていたはずだが、俺は何とかして石の花を元に戻す方法を知りたいと思ったのだ。

「そうだ!」

俺は、ダイヤモンドを掴むとポケットに入れて家を飛び出した。

宝飾品店の親父だ!
親父なら何か知っているはずだ。

そう思い、店まで走った。
が、なんと店は閉店してしまっていた…。
そこには何も無いがらんどうのショーケースが寂しく佇み、息を切らす俺の姿を映しているだけだった。

何てことだ…。

意気消沈したまま、とぼとぼと歩き出す。
この間の店の親父の言葉が頭を過ぎった。
玉石混淆の玉だと?
これは、そういうことなのか?
掴んだ石が、実はダイヤモンドでした、って?
俺はこんなのは望んじゃいない。
俺はただ、アイツと居れりゃそれでよかったんだ。

最悪の気分で部屋に戻ってきた俺は、深いため息をつきながらソファにへたりこんだ。


その時。

「ぷぎー!」
と、尻の方から変な音がした。
そして見てみると…

「あ!お前!!」

あの、石の花だった。
そういえば、ダイヤモンドを尻ポケットに入れたんだった。

「あぁ、よかった!お前、戻ってきたんだな!!」

柄にもなく、うっすら涙を浮かべてしまう。

アイツが、
あの石の花が、帰ってきた!!

潰れてもいないし、どうやら元気そうだ。
よかった…。よかった...…!


と、石の花はおもむろに自分の花びらを一枚引きちぎり、テーブルに出しっぱなしにされていたマニュアルの紙に擦り付け始めた。

「?お前、一体何してんだ?」

よく見てみると、マニュアルの下の方にさっきは書かれていなかった文字が浮き出ている。
コイツの花びらのエキスで浮かび上がったのだ。

そこには、こう書かれていた。

これを読んでるってことは、無事咲いたんだな。
おめでとう。
だが、これで終わりじゃない。
これから、そいつはこれまで与えられてきた愛情に見合う価値の物に変化する。
そしてそれは同時にお前が本当に価値を感じる物であるはずだ。
どうだ?
今、お前は自分が本当に価値を感じる物を見つけられているか?

俺は右手に石の花を、左手にマニュアルの紙を掴んでうなずいた。

あぁ、しっかり見つけることができたよ。



そして、俺と石の花は末永くしあわせに暮らしましたとさ。


〈おしまい〉


―――

他人にとって有益な情報を提供できるかでも、自分にとって有益な情報を取得できるかでもなく、そんな回りくどさは突破らってただ、今すぐに自分にとって心地よいことを望むことにした。
もともと、そういうの苦手な訳だし。

有益さより心地よさを。
それが、あなたにとっても心地よければなおいいのだが。



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