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会話に浸り、人々のつながりに助けられたインドでの留学

「私を変えたあの時、あの場所」

~ Vol.48 インド/デリー大学

東京大学の先生方から海外経験談をお聞きし、紹介する本コーナー。

今回は井坂 理穂先生に、インド留学をされた当時のお話についてお聞きしました。取り上げた場所については こちら から。


会話にどっぷり浸かった、デリーでの留学の日々

——井坂先生はインドの大学に留学されています。まず、留学に至った経緯から教えていただけますか。

井坂先生: とにかく日本の外に住みたいという強い気持ちがあり、大学4年生のときにロータリー・インターナショナルの奨学金に応募しました。卒論で植民地期インドのことを扱っていたので、留学先はインドかイギリスのどちらかと考えていたのですが、合格通知後にロータリーから、インド留学を希望する人はあまりいないので、ここはぜひインドに行ってほしい、との要請がありました。これもご縁かなと思って、修士課程1年のときにデリー大学に留学しました。ただイギリス留学にも未練があったので、博士課程はイギリスの大学に入り、そちらで博士論文を書きました。


——卒論で扱ったテーマから、修士・博士課程でインドとイギリスに行かれたのですね。今回はなかでもインド留学について詳しくお伺いできればと思いますが、現地で特に印象深かった思い出をお聞かせください。

井坂先生: デリー大学で歴史学の授業に出始めたときに、ある程度覚悟はしていたのですが、先生もクラスメートもとにかくよく話すことに圧倒されました。授業での共通語は英語だったのですが、それぞれの話す英語が発音の面でも語彙の面でも多様で、「インド英語」と一括りに名付けられるようなものではない、と感じました。授業後はいつも、建物の外でクラスメートの何人かで集まっておしゃべりをするのですが、文字通り話が途切れることがなく、むしろ話の途中で割り込まないといつまで経っても言いたいことが言えない、といった調子でした。どのような話でも笑いがたえず、本当に楽しかったです。住んでいたのは女性の大学院生用の寮だったのですが、ここもいつも賑やかでした。寮ではヒンディー語、英語が中心でしたが、いろいろな地方出身の学生たちがいたので、同郷の者同士がその地方の言語で話をしているのもよく耳にしました。ヒンディー語で話していたのがいつの間にか英語になって、またヒンディー語に戻る、というように、複数の言語が同じ人の会話のなかでたびたび切り替わる様子も興味深く感じました。修士課程の院生は、2人で1部屋と決まっていたことから、北インド出身の同年代の女性と部屋をシェアしていました。一人の時間というのがほとんどなく、いつも会話のなかに浸かっているような感じでした。


「でしゃばってはいけない」意識から解放された

——デリーでの留学は会話にあふれていたのですね。そうした新しい環境に身を置いてみて、いかがでしたか。

井坂先生: 東京にいるときには周囲を気にしながら話すことが多かったので、思いきりおしゃべりや議論ができる環境は刺激的で、ちょっと解放された気分でした。もともと話すのは好きだったのですが、東京にいるとき、特に授業や研究会の場では、でしゃばってはいけない、自分ばかりが話をしていてはいけない、この表現はきついだろうか、と、あれこれ気を使いながら話すことが多々ありました。デリー留学中は、自分が話しすぎているのでは、と心配するような機会はまったくなく(むしろがんばって会話の隙間に割り込まないと、自分の話はできない)、積極的に話し、説明し、主張することの大切さを感じました。また、友人たちがかなり「ずけずけと」話し、議論上で衝突してもその話題が終わればさっぱりとしているところも、いいなあと感じていました。会話を通じて入ってくる情報量は多く、また多様な視点に触れることができるので、自分の知識や考えを深めるのにも役立ちました。ちなみにこの時代には、まだインターネットもスマホもなく、この寮には公衆電話1台しかない(しかも電話はたいてい故障していて、たまに動いているときには順番待ちの長蛇の列)という状態だったので、情報源としてのおしゃべりはその意味でも重要でした。留学時にクラスや寮で私が特に親しかった友人たちは、その後、インド国内外の大学で歴史学や社会学の教員になりましたが、彼らとは今日にいたるまで友人として、研究仲間としての交流が続いており、本当にありがたく思っています。

「当時、寮で撮影した写真です。一緒に写っている友人は、今はデリー大学で教鞭をとっています」と井坂先生。


会話の多さが、問題解決のためのネットワークを生む

——議論で衝突してもその後はさっぱりしているのはとてもいい雰囲気ですね。他にもインドでの生活で印象的だった出来事についてお聞きできますか。

井坂先生: よく話す、ということとも関係しているのですが、それぞれの人がもつ人的ネットワークがかなり広く、そうしたネットワークがあちらこちらで問題解決のための重要な役割を果たしていることが印象的でした。親戚や同郷者のネットワーク、学校関連のネットワークはもとより、ちょっとしたことで知り合った人々についてもよく覚えていて、何かあればすぐにそれらのつながりも活用しながら、問題を解決する友人たちの姿をよく目にしました。私がこうしたネットワークの重要性を最初に感じたのは、寮に入るための書類を揃えるときでした。必要書類を求めて大学の関係部局の窓口に行くと、そこにはすでに大勢の人々が群がっていて、ようやく窓口に到達したかと思えば、「担当者がいないから、明日来なさい」と追い返されることもしばしばでした。そうしたときに友人たちに相談すると、彼ら自身も同じような経験をしていて、その書類については誰々に聞いてみるとよい、とか、その部局に行ったら××さんはいますかと尋ねて、その人に助けを求めるとよい、など、彼らのもつネットワークからいろいろな人を紹介してくれました。問題が生じた際に、公的な機関や制度は頼りにならないことも多いけれども、人的ネットワークのどこかをたどっていくと、そのどこかから解決策が現れる(場合も少なくない)、といった印象でした。困ったときにはあきらめずに、とにかく人に相談する、ということをこのときに学びました。

「ある先生のお宅で、お祭りの準備のお手伝いをしていたときの写真です。先生方も気さくな方が多く、本当にお世話になりました」


——会話の多さがあるからこそ、いざとなったとき助け合えるのですね。では、そうしたインド留学での体験が、帰国後も活かされていると思うことがありましたら教えてください。

井坂先生: 前に述べたこととも重なりますが、クラスメートや寮の友人たちのなかから、その後長年にわたって親しくつきあえる仲間ができたことは、私にとって大きな力になりました。彼らとは、互いの家に泊まったり、一緒に旅行したり、定期的に電話で互いの近況を話したり、本や論文の情報を交換したりと、現在にいたるまでつきあいが続いています。彼らを介して知り合った人々も多く、おかげで私自身の人的ネットワークも広がりました。彼らとのおしゃべりは、私の研究のうえでもいろいろな刺激になっています。また、寮での共同生活を楽しみ、友人の助けを得つつ日常の諸問題にもそれなりに対処し、たまに病気にかかりながらも体重を落とさず(むしろ6キロほど太って)、元気に暮らすことができたことは、この先、いろいろな新しい環境におかれても、何とか暮らしていけるだろうという気持ちをもたせてくれました。留学時の諸経験は、その後、再びインドに長期滞在した際にも大いに役立ちました。


すぐ「結論」を出さず、さまざまな発見をし続けて

——学生時代でのつながりがその後も発展していっているというのは、とても素敵ですごいことだと感じます。留学は限られた期間だけの体験ですが、その後にしっかり結びついていったのですね。
さて、最後になりますが、留学や国際交流をしたいなと考えている学生へ、メッセージをいただけますか。

井坂先生: 留学や国際交流体験に何を期待するかはそれぞれであろうと思いますし、なかなかこれといった「メッセージ」を考えるのは難しい気がします。まずは平凡ですが、健康に気をつける、ということでしょうか。そのほかにさっと思いつくこととしては、自分の考えや状況をきちんと説明する力をもつこと、信頼できる友人をつくること、時間が許せば足を延ばしてその地域のあちらこちらを旅すること、などでしょうか。それから、留学先や訪問先の地域を理解しようとする際には、謙虚さということも大切であるように感じます。「ここはこういうところだから」「ここの人たちはいつも…だから」といった「結論」をすぐに出すのではなく、ゆっくり、じっくり、多面的に、その地域について観察・考察しながら、いろいろな発見をし続けてほしいと感じています。

——ありがとうございました!

井坂先生より、体験談に関係する書籍をご紹介いただきました。

「印象深い思い出の中に記した、留学時の言語をめぐる思い出については、以下の本の序章でも触れていて、私の研究上の問題関心のひとつにつながっています」(井坂先生)

Riho Isaka, Language, Identity, and Power in Modern India: Gujarat, c. 1850-1960 (Abingdon and New York, 2022)

上記の書籍については、東京大学教員の著作を著者自らが語る広場「UTokyo BiblioPlaza」でも井坂先生自らご紹介いただいています。あわせてご覧ください。


📚 他の「私を変えたあの時、あの場所」の記事は こちら から!

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