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【ダイヤルアップ探偵団】第10回 「魔法のiらんど」から、アラサーのコッパな過去が消える日

連載第5回で少しだけ触れた「魔法のiらんど」が、大変革を完成させつつあるらしい。そこで今回は、ナローバンド時代に「魔法のiらんど」が出会わせてくれたものについて振り返っていきたい。

●本稿は、2020年1月に刊行された「懐かしパーフェクトガイド Vol.10」(ダイアプレス) https://www.amazon.co.jp/dp/B0863C8GRC/ 掲載するため製作したものです。noteへの掲載にあたり、改稿・再編集を行っています。

 ジオシティーズがサービスを終了し、もうすぐ1年になる。本当にいろいろなサービスがなくなってしまうんだなあ……という実感があるが、これは「インターネット老人会」の読者諸兄にも共通の感覚だと思料する。

 つい最近も、00年代に若年層に親しまれた「アメーバピグ」のPC版がサービスを終了させた。これについて書こうと思い、原稿を半分くらい完成させたところで、もっとビックリする情報をキャッチしてしまった。

 あの「魔法のiらんど」がリニューアルし、今年3月いっぱいをもってすべての「ホームページ」を閲覧不能にするというのだ。

 「へーっ」くらいの反応の人も、少なくないかもしれない。とりわけ40代以上で、「ケータイのネット」に親しみのない層はそうだろう。「あそこ、まだ続いてたんだ」という感想も妥当である。

 しかし、現在25〜35歳のネットユーザーにとって「iらんど」というのは、その後の「ミクシィ」にも匹敵するような巨大な存在だった。16年に「前略プロフィール」がサービスを終了したときと同様に、「黒歴史」を思い出して悲鳴をあげるネットユーザーがたくさん存在している。

 そこで今回は、うれしはずかし「魔法のiらんど」について、少しばかり振り返りたい。このままだと「サービス終了探偵団」になってしまうような気もするけれど、それはそれ……ということで。

簡便ゆえに流行した「魔法のiらんど」

 「魔法のiらんど」が何だったのかというと、本連載でもちょうど1年前に触れた「ジオシティーズ」などと同様に、無料で自分の「ホームページ」を公開できるというWebサービスである。完全無料だが、広告が付く。

 ただし「Webホスティングサーバー」として見ると、機能は極めて乏しい。編集可能な部分が限られており、制約の多さが際立つサービスだったので、パソコンを使ってHTMLファイルを自作できるユーザーは見向きもしなかった。

 しかし、見方を変えればこれは「簡便」ということになる。「iらんど」の最大の特徴は、当時の携帯電話(ガラケー)からでも容易に編集できたことだ。簡単な自己紹介を掲載し、友人のページへのリンクを貼るといった程度なら、平均的な中学生でも迷わず操作できた。

 「魔法のiらんど」は、それ単体で完結したサービスとは言い難かった。CGIBOYが提供する「前略プロフィール」や掲示板サービスと併用するのが常識で、それらへの誘導が「iらんど」の主な役割となっていた。

 さて、機能の乏しい「iらんど」だが、これがネットワーク上に、まったくの新世界を現出させる立役者となった。

 00年代中期まで、パソコンでインターネットに接続するというのは、ある種の「オタク趣味」でしかなかった。本連載でも何度か触れているが、当時の女性ネットユーザーというのは理系か「やおい」層が中心で、平均的な男性ユーザーの可視範囲に、異性の姿はごくまばらだった。

 しかしケータイとなると勝手が違う。今日のスマホ同様、これは女子中高生にもマストなガジェットである。そして彼女たちも、キャリア公式のトップページからアクセスできる無毒なサイト群には飽き始めていた。

 そんな時期に彗星のように現れたのが「iらんど」だ。これに飛びついたのは女子だけではなかったが、テレホーダイユーザーのようなコウモリ感がまったくない、後の言葉で言うところの「リア充」たちもネット空間に居場所を持つようになった。

「iらんど」が現出させた〝共学〟的ネット空間

 「iらんど」が存在感を増していた00年代初頭、筆者は男子校である中学高校に通学していた。

 当時といえばYouTubeはまだなく、深夜アニメもあるにはあったが、今日ほどの盛り上がりを見せてはいなかった。

 したがって、これは同世代の男子校出身者に共通の体験ではないかと思うのだが、TSUTAYAで借りたaikoや椎名林檎をMDにコピーして聴く以外、「女」の声や言葉に触れる方法が存在しなかった(最終的に中島みゆきにたどり着くのだが、それはまた別の話)。

 もちろんテレホーダイでアクセスするインターネットには、異性との出会いなんて望むべくもない。現代における「オフパコ」に相当する「ネゲット」という言葉もあったが、それは売れっ子のテキストサイト管理人にのみ許された特権だった。我々雑魚ユーザーといえば、「風俗嬢の本音」みたいな日記サイトを読んでドキドキするのが精々のところである。

 ところが高校生になり、ストリートミュージシャンをしていた年上の友人と親しくなったところ、彼らは「iらんど」を使って、ネットワーク上にコミュニティを形成していた。

 驚くことに、そこには「ホームページ」を持つ同世代の女子がたくさん存在したのである。「ケータイのインターネット」が別世界であることを初めて知った。

 みんなの集まる掲示板になにか面白いことを書くと、男友だちだけじゃなく、女子も返信してくれる。単純だが、そんなことがものすごく嬉しかったのを覚えている。SFや政治について語り放題の、オタクだらけのIRCとはまるで違う感覚だった。

 白状してしまうと、17歳のときに初めての恋人ができたのも「iらんど」のおかげである。「友だちの友だち」みたいな間柄の女性を自分の「ホームページ」に頑張って誘導し、そこからうまく「メル友」になり、会ってみようとなったのがきっかけだ。

 彼女は当時33歳のシングルマザーで、複数の仕事を掛け持ちしながら地方都市に暮らしていた。

 憧れていた「同年代の女子」と出会えたわけではなかったけれど、アコーディオンを上手に弾く素敵な女性で、あっという間に好きになってしまった。結局2年も保たずに別れたけれど、彼女が淹れてくれた「夜明けのコーヒー」の味は忘れない。

 しかし「インターネットで出会った」というのが恥ずかしくて、親しい友人にも、卒業式の打ち上げの日までずっと話せずにいた。翻って、今日の10代はツイッターやインスタグラムに夢中だが、「SNSで出会った異性と付き合う」というのも普通になっていたりするのだろうか。

 気がつけば、自分が当時の彼女の年齢になってしまった。そんでもって、17歳の異性と付き合いたいかと言われたら、さすがにそれはナイ。法律怖いし。

 あの人もあの人で結構キワドいことをしてたんだなあ、なんて思っちゃったりして。とっくに時効ですけど。

小説投稿サイトに変身した「魔法のiらんど」

 その後もなんだかんだで、00年代いっぱいは「iらんど」の時代が続いていたと思う。高校を卒業した後、学習塾でアルバイト講師をしていたときも、女子中高生が夢中なのは「iらんど」と「前略プロフ」だった。

 そんな「iらんど」は、新時代に対応したメディアとして形を変えて健在だ。

 06年に書籍化され大ヒットとなったケータイ小説『恋空』が掲載されていたのが「iらんど」だったことを覚えている人もいるかと思うが、今日の「iらんど」は、ケータイ小説に特化した投稿サイトに生まれ変わっている。

 例によって客層には若い女子が多いようで、ここには「小説家になろう」や「カクヨム」とは一味違うネット小説文化が息づいている。

★その他の…… 「魔法のiらんど」あるある

1. プリクラに名前を書いて自分アピール
2. 掲示板や「前略プロフ」など、外部サービスをてんこ盛りで使う
3. 巡回を繰り返しているうちに、パケット料金がすごいことになる
4. 女子同士の会話は語彙が特殊で、同年代の男子でも解読できない

ダイヤルアップ10_自己紹介PH

著者■ジャンヤー宇都
1986年生まれの33歳。「インターネットと男女」というテーマに興味がある方には、『オタサーの姫 ~オタク過密時代の植生学~』(著・ジャンヤー宇都)というサブカル本 https://www.amazon.co.jp/dp/4864723702 もオススメしておきます。テヘ。

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