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食べて学ぶ歴史 〜大学の調理実習でハプスブルク帝国の宮廷料理をつくる〜

 メンバーのひとりが、調理実習を通して歴史に触れるというユニークな授業のレポートを送ってくれました。私たちにはあまり馴染みのない「ハプスブルク帝国の宮廷料理」ですが、歴史書を読むのとはまた別に、舌で理解できる過去というものもあるのでしょうか。食欲のそそられるたくさんの写真とともにお楽しみください。

1.お品書き

 さる2月14日に小野塚知二先生の主催により、先生の学部ゼミ・大学院ゼミのメンバー有志による調理実習が開催されました。料理したものは以下の通りです。
 
●ハプスブルク帝国の宮廷料理
Kaiserlich- und Königliche Küche des Habsburgermonarchie
A Habsburg Monarchia császári és királyi konyhája

・鹿肉のグヤーシュ
Wildbretgulasch mit Sauerrahm
Szarvasgulyás tejföllel

・冬野菜生食(キャベツ、赤たまねぎ、人参、セロリ、生ハム、パルミジャーノ、オリーブ油)
Wintergemüsesalat mit Parmesankäse und japanischer großer Orange
Téli zöldségsaláta parmezán sajttal és japán nagy narancs

・茸と鶏肉のグラタン
Überbacken mit Champignons und Hähnchen
Gratin gombával és csirkével

・焼き林檎クリーム添え
Bratapfel mit Sahne
Sült alma tejszínnel

・コーヒーとクリーム
Kaffee und Sahne
Kávé és tejszín

 ちなみにこのゼミの専門は料理研究ではなく、経済史です。先生曰く、学生たちが学習・研究をするにあたって、机の上だけでそれを行うのではなく、実際に手を動かして生のものに触れる経験をする必要があるとのことから、毎年の恒例行事として調理実習を開催しているとのことでした。ちなみに先生ご自身は経済史研究の一環として、食事の研究も盛んになさっている方です。2005年に『イギリス料理はなぜまずくなったか:イギリス食文化衰退の社会経済史的研究』(刀水書房)という本も出版されています。
 何を作るかについては学部ゼミで話し合って決定しているそうです。今回はハプスブルク帝国の宮廷料理を作ることになりましたが、過去には第一次世界大戦中のドイツの食事などを作ったことなどもあるそうです。学部四年生で修了する者にとってはこの調理実習はゼミの最後の思い出作りとして大変意義深いものだと、ある学生が教えてくれました。
 今年から小野塚先生のゼミに参加した私にとっては初めての調理実習となりました。私自身は家で料理をすることが大変好きなもので、とても楽しませていただきました。以下、調理実習の流れについて記し、最後に自分なりの感想・考察を加えます。撮ることのできた写真の関係や、私が手を加えなかった料理などもありますので、全ては紹介できないことをご容赦ください。

2.鹿肉のグヤーシュ

Wildbretgulasch mit Sauerrahm
Szarvasgulyás tejföllel

 グヤーシュというのは、ハンガリーを中心とした東欧でよく食べられる、肉とパプリカ等を使用した赤い色のスープ料理です。今回はハプスブルク帝国宮廷風のアレンジで料理しました。

 まずは玉ねぎとパプリカ、ニンジン、セロリなどの野菜を切り

画像13

画像13

 その後、生前は元気に野山を駆け巡っていたであろう鹿の肉(中央奥)を切り

グヤーシュ3

 鍋で鹿肉と玉ねぎをバターと炒め、水を加えずに汁を出します。

グヤーシュ4

 その後は残りの野菜と、パプリカパウダーなどの香辛料やワイン等を加え、しばらく煮込みます。焦げるといけないので何度かヘラでかき混ぜます。

グヤーシュ5

 合計で4時間近く煮込むと、硬かった鹿肉は柔らかくなり、玉ねぎとパプリカは姿を消しました。そして旨味と栄養の凝縮された物凄く濃厚なスープが出来上がりました。

3.茸と鶏肉のグラタン

Überbacken mit Champignons und Hähnchen
Gratin gombával és csirkével

 ポルチーニやヒラタケ、マッシュルームなどのキノコ類や、鶏肉、玉ねぎなどを入れたグラタンです。ポルチーニはオーストリア産の物を使用しました。
 画像が無くて申し訳ないのですが、最初に材料を切りました。その後牛乳とバター、小麦粉、玉ねぎなどを用いてグラタンの生地を作り、そこに鶏肉、キノコ類などを入れて一緒に煮込みました。
 グラタン生地以外の材料をバットに並べ

グラタン

 そしてここに生地を流し込んで、上にチーズをのせてオーブンで加熱し、完成。

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4.冬野菜生食(キャベツ、赤たまねぎ、人参、セロリ、生ハム、パルミジャーノ、オリーブ油)

Wintergemüsesalat mit Parmesankäse und japanischer großer Orange
Téli zöldségsaláta parmezán sajttal és japán nagy narancs

 まずは例のごとく野菜を切ります。塩やドレッシングが上手く絡むように、できる限り細く切ります。

冬野菜

 その後はキッチンペーパーなどでしっかりと水を切ります。こうすることでドレッシングの味が薄まらずに済むようです。その後は野菜を混ぜます。そしてバルサミコ酢とオリーブオイルなどでドレッシングを作ります。

冬野菜2

 最後にドレッシング、パルミジャーノチーズ、生ハム、クルトンを添えて出来上がり!

5.いただきます!

 グヤーシュとサラダは下のようになりました。グヤーシュにはサワークリームを添えます。4時間煮込んだ極めて濃厚な味とサワークリームのまろやかさとが上手く折り合いをつけており、大変食べやすいです。このスープ一滴に一体どれほどの要素が詰まっているのか、それを想像しながら食べるととてもワクワクしました。
 そして奥のサラダもこれまた絶品です。野菜についた水を本気でしっかりと切ることで、これほどまでにドレッシングと素材の味が活きるものとは思いもよりませんでした。こんなにおいしい生野菜サラダを食べたことが未だかつてあっただろうかとすら思います。

実食

 そしてグラタンです。贅沢に用いられた牛乳やバター、チーズなどの乳製品は極めて重厚な味わいを作り出しています。そこに挟まった多種多様なキノコ類の味は高山地帯の料理を連想させます。グラタンにも色々ありますが、このグラタンはアルプスの峻険な山々が聳えるオーストリアならではのものではないでしょうか。

実食2

6.考えたこと

 私は昔、ハンガリーのブダペストに旅行し、そこでグヤーシュを食べたことがあります。その時に食べたグヤーシュは下のようなものでした。

考えたこと

 今回作ったグヤーシュの写真と見比べていただければ分かりますように、ハンガリーで私が食べたグヤーシュは前者に比べて具が少なく、スープもあっさりとしているように見えます。味も概ねその通りです。このことについて先生に尋ねたところ、「一般的に食べられるハンガリーのグヤーシュは、日本で言う味噌汁のような扱いがなされている」とのことでした。確かにこのシンプルさには味噌汁に通じるところがありそうです。
 また、東京の表参道にはジェルボーという名前のお店があり、そこはブダペストの老舗高級ハンガリー料理店の支店です。私はそのお店のランチタイムに三回ほど行ったことがありますが、そこのグヤーシュは下のようなものでした。(写真左。右はランゴーシュと言うチーズピザのような料理)

考えたこと2

 見ていただければ分かりますように、ここのグヤーシュは今回作ったものと同じく、「滋養満点」という言葉が似合うような大変濃厚なものでした。味もかなり似た部類に入るのではないかと考えられます。

 このことから考えられることとして、かつてのハプスブルク家支配下のハンガリー王国において、一般庶民の食べていたグヤーシュと、豊かな階層の食べていたグヤーシュとが、名前は同じながらもはや別物として発展したということがあるのではないでしょうか。前者はそれほど多くの食材を入れず、それほど長く煮込むわけでもないので、あっさりしています。このことの裏には、収入の乏しい一般庶民の手に入る食材の種類や数が限られていたことや、日々労働に忙殺されてじっくりと料理を作るような時間が取れなかったことなどがあるのではないでしょうか。それに対し後者は多種多様な食材をじっくりと煮込んで作るため、極めて濃厚です。

 このことには、資本家や貴族、皇族などの豊かな階層が、豊富な食材を比較的簡単に得られることは勿論のこと、専属の料理人を用いることで、時間のかかる料理も容易に味わうことができたということがあるのではないでしょうか。ちなみに先生のおっしゃったことによれば、かつて鹿肉を手に入れられたのは自前の狩猟場を持てる者だけであったとのことです。このように、グヤーシュという料理はだけでもこの地域の社会の一面を映し出す鏡になりうると考えられます。社会における格差の大きさを示す指標はいくらでもあるでしょうが、料理を始めとした、生活と密接に関わるものほどグロテスクにその現実を突き付けるものはないのではないでしょうか。

 以上、粗雑な憶測を超えるものではないかもしれませんが、自分なりの考察を行いました。私はオーストリアやハンガリのことを専門としているわけではないため、上に事実誤認などがかなりあるかもしれないことをご容赦願います。今回の調理実習を通じ、この他にも考察のためのヒントを沢山得られたように思います。ここで得られたヒントを今後忘れないようにしておくとともに、これからの私の研究では、何でもいいから自ら手を動かしてみるということを大切にしていきたいと感じました。こうすることで、何か有益な発見が得られるかもしれません。
 最後に、このような有意義な機会を設けてくださった小野塚知二先生に感謝を申し上げます。

食べて学ぶ

(文・Um / 絵 ©︎2020 Yuri Shu)

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