あかいみはじけた

わたしの初恋は仲本小学校3年生時。
相手は 知る人ぞ知るおおうら君です 。
転入生でした。

大浦くんが転入してきた日、
言葉を交わすこともなく迎えた放課後、
下駄箱から何気なく見たバスケットコート。
そこで1人黙々とシュート練習をする大浦君を見た瞬間、なんだか胸の奥がきゅうとしたことを覚えています 。

長い時間をかけて、わたしは少しずつ少しずつ、けれど確実に、大浦くんと仲良くなりました。

椎の実を拾いながら、他愛ない会話を交わしながら、肩を並べ下校することもありました。

探検隊を作り、放課後になるといろんな場所へ繰り出したりもしました。

お寺に肝試しに行った時、誰かが

「生首みたいなのが見えた!!!」

と叫んだことがありました。

生首という単語は小学3年生を震え上がらせるには十分すぎる力を持っています。
その場にいた全員が悲鳴を上げました。
わたしも例外ではありませんでした 。
そんな中、大浦くんが冷静に発した一言を今もわたしは鮮明に覚えています。

「生首なら煮て食べちゃえばいい」

…生かどうかより「首」であることが問題なので、火を通せば怖くないとかそういう話ではないし、よりにもよって、

食べちゃう

なんて言語道断、以ての外です。
でもなぜだかその大浦くんの一言で、みんな恐怖を忘れ笑いあいました。

ボールを持たせればサッカーもバスケも器用にこなし、リレーを走らせればごぼう抜き。
こんがり焼けた小麦色の肌とすらっと伸びた長い手足。
誰に対しても分け隔てなく明るく接する大浦くんは、瞬く間にクラスの人気者になりました。

気付けば大半の女の子が大浦くんに胸をときめかせていました 。

ある日の社会の授業中、わたしの肩をつんつんしてくる人がいました。
大浦くんでした。

キュンとしつつも平静を装い

「なあに?」

と訪ねたところ、
大浦くんはニッと笑いながらわたしの方に





を寄せてきました。

みると地図帳はなにや北海道のあたりが油性ペンで丸く囲まれていました。
油性ペンの○の中には



という文字。

内浦湾……

大浦くんはなおも笑いながら小声で一言 、

「俺とお前の湾だな」

内(田と大)浦(の)湾

スケールでかいです。
共有物スケールでかいです。
ペアリングもペアネックレスもくそくらえ。え、そんなんで満足しちゃってんの?

なんてったって、こっちは湾ですから 。
生命の起源、母なる海を共有。
究極のブルジョワジー。

でも、なんだか、

「俺とお前の」

という響きがすっごく嬉しかったのを覚えています。
その日わたしは家に帰って、地図帳を広げて、内浦湾を丸く囲みました。

「一緒にいられるだけで幸せ」

それが小学生の恋です。
告白するとか付き合うとか、そんなことは考えずただただ同じ時を過ごす、とっても純粋な恋です。

わたしはとても幸せでした。

けれど、小学5年生の1学期が終わると同時に大浦くんは転校することになりました。大浦くんは転勤族でした。
わたしにとってそれは、ノストラダムスの大予言よりも絶望的な事実でした 。

けれども時間は待ってくれず、あっという間に1学期は終わり、夏休みになりました。

ほとんどの子は終業式の日に大浦くんとの別れを済ませましたが、わたしと大浦くんは夏休み中に行われる小学校対抗の水泳大会の代表選手だったため、夏休みに入ってからも練習で顔を合わせることが出来ました 。

休み中なのに学校に行かなければならない、という状況に感謝したのは後にも先にもこの時だけです。

そして迎えた水泳大会当日、大浦くんと一緒に過ごせる最後の日。
その日は7月23日、大浦くんの誕生日でした。
翌日の7月24日はわたしの誕生日。

大会への緊張と別れの寂しさから、よく眠れないまま家を出ました。

大浦くんに何と言って別れるべきか、幼いながらに一晩中散々悩み、出した結論は

「さよならよりも、誕生日おめでとうって言おう」

というものでした。
しんみりしたくありませんでした 。

けれどどういう訳かその日は1日大浦くんとすれ違い続けました 。大浦くんはクロールで優勝し、最後までカッコイイまま水泳大会が終わりました。

学校に戻り、校長先生の解散の挨拶も済み、生徒達はそれぞれに帰りはじめました。
わたしは本当に焦りました。
焦りながら大浦くんの姿を探しました。

さよならも、誕生日おめでとうも言えないまま、なにも言えないまま会えなくなってしまうことは、なによりも悲しいことでした。

そんな願いも虚しく結局大浦くんは見つからず、わたしは半ベソをかきながら下駄箱に向かいました。

初めて大浦くんにキュンとした下駄箱。
その下駄箱で半ベソをかきながら靴をはきかえ歩き出そうとした…そのときでした。

「うちだー!!」

ふいに、聞き慣れた大好きな声に呼び止められました。
振り向くと大浦くんが駆け寄ってくる所でした。

大浦くんは地図帳を差し出した時と同じ笑顔で、ニッと笑いながら、わたしの前に立ちました。

あんなに探していた大浦くんが目の前にいるのに、頭は真っ白になり、一晩中考えた言葉は一つも出てこず、ただただ大浦くんを見上げることしか出来ませんでした 。

そんなわたしに大浦くんは

「いろいろありがとう、すげえ楽しかったよ。あとさ1日早いけど誕生日おめでとう」

と一気に言って、それから一息置いて

「元気でなっ」

とわたしのおでこをペチッと叩きました。

しかしその瞬間、

「うわっすげえ汗っ!きったねー!」

大浦くんは自分の掌を見てこう言い残し、笑いながら走り去りました。

アブラゼミの声がけたたましい7月下旬。
真夏。
冷房なんて存在しない公立学校の校内。
日頃から汗っかきのわたしの発汗率はMAX無限大。
体中で汗をかいてないところはピンポイントで耳たぶくらい。

大浦くんに叩かれたわたしのおでこはまさに文字通り、滝のような汗でびっちゃびちゃでした。

ナイアガラも真っ青。
砂漠ってなに??
水不足ってなに???
節水??なんで??
ばりの湿度100%でした

結局わたしは大浦くんに何も言えず、逆に大浦くんに言われた最後の言葉は





わたしの初恋は甘酸っぱさ5%、しょっぱさ95%でした。

それ以降大浦くんとは一切会ってません、というよりどこでなにをしているのかも全く知りません。

今の時代のように携帯やらパソコンやらがあれば、もしかしたら交流があったのかもしれないけれど。
でも思い出だけというのもこれはこれで素敵なことだと思います。

今日本のどこかこの空の下で過ごす大浦くんの手元に、油性ペンの○印がついた地図帳が残っていたらとても素敵です。

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