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「飲食」がもたらす体験の強さ──浅草橋で昆虫食を提供する「ANTCICADA」|地域のイノベーター見聞録 vol.7

取材:齊藤達郎・今中啓太(NTTアーバンソリューションズ総合研究所)、小野寺諒朔、福田晃司
文:福田晃司
写真:八木元春(料理写真は福田晃司)


街づくりは、仕掛けるのも、盛り上げるのも、実行し続けるのも、やっぱり「ひと」。
『地域のイノベーター見聞録』は、さまざまな地域で、新たな活気を与え、街づくりにつながるチャレンジを始めている活動を調査している中で、地域想合研究室が「なぜ?」から興味を持った魅力あるひと(たち)に、その地域と活動の魅力を学びに行く企画です。

人口増加による食糧危機などを背景として「昆虫食」が徐々に注目を集めています。その端緒は、国際連合食糧農業機関 (FAO)が2013年に発表した昆虫食の食料活用における将来性に関する報告書。実は栄養価が高い昆虫は私たちの栄養摂取源として有望とのことです。今では、無印良品でも昆虫を使った製品が販売されています。

一方で、昆虫と言えば、大人になるとどうしてもその見た目から避けてしまう……という人も多いと思います。見たり触れたりするのすら憚れる昆虫を果たして食べれるのか?と思ってしまうのも無理はないでしょう。
そこで、今回は昆虫食をはじめとした私たちが普段は目にしない食材を扱った「美味しい」料理を追及する『ANTCICADA』に伺いました。オーナーの篠原さんは食糧危機などの「必要性」ではなく純粋に「美味しい食」として昆虫食などの魅力を探究している方です。また、東京のような都市にも自然はあって、そこには昆虫たちが住んでいます。普段私たちはそのことを意識しませんが、常にそれらの存在に思いを馳せている篠原さんの視点からはまちの姿はまた違って見えているのかもしれません。

昆虫の「美味しさ」を感じてもらうためには実際に食べてもらうことが一番ですが、本記事では『ANTCICADA』のお店の雰囲気の紹介と当日食べたコース料理の一部をレポートした上で少しでもその魅力を伝えると共に、オーナーの篠原祐太さん、そして『ANTCICADA』の内装デザインを担当した建築家・海法圭さんのインタビューを掲載します。


篠原祐太(右)
1994年地球生まれ。慶應義塾大学卒。幼少期から自然を愛し、あらゆる野生の恵みを味わう。昆虫食歴25年。食材としての虫の魅力を探求し、昆虫料理創作から、ワークショップ、授業、執筆と幅広く手掛ける。2020年6月4日に日本橋でレストラン「ANTCICADA」を開業。コオロギで出汁をとった「コオロギラーメン」や「旬の虫を使ったコース料理」を提供し「日本のベストシェフ&レストラン100」にも選出。また「コオロギビール」「タガメジン」「コオロギ醤油」等をリリース、話題を呼んだ。狩猟免許や森林ガイド資格保持。

海法圭(左)
1982年地球生まれ。2007年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。2010年海法圭建築設計事務所設立。人間の身の回りの環境と、人知を超えた環境や現象などとの接点をデザインすることをテーマに、壮大でヴィジョナリーな構想から住宅やプロダクトの設計まで、スケールを横断した幅広い提案を行う。現在、東京理科大学、法政大学、芝浦工業大学非常勤講師。主な作品に、上越市雪中貯蔵施設ユキノハコ(2021)、タカオネ(2021)、美術家の住まい(2020)、箱根本箱(2018)、ANTCICADA(2020)、Tobacco Stand(2015)など。第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展特別招待出展(2021)。

「世界観」のあるお店

お店は浅草橋の裏通りに建つビルの1階に位置します。道路から見るとお店は『ANTCICADA』のロゴが見えるだけで、入口も何もないように見える不思議な外観になっています。ビルの共用通路から回り込んで、お店の中へ入っていきます。

お店の中に入ると、雰囲気は一変、薄暗い空間の中央に大きなカウンターテーブルが置かれ、それを取り囲むようにさまざまな食材(コオロギ!!!)やそれを使った試作品がずらりと棚に並んでいます。
スレートの波板とFRPを使って制作されたというテーブルは暗闇の中で、白く光り揺らぐ水面のような不思議な存在感を醸し出しています。棚は分厚い段ボール(!?)でできています。レイアウトの変更や増設も容易なため、2020年のオープン以降の『ANTCICADA』の歴史の蓄積を柔軟に受け止めているそうです。

実際に食べてみる

早速、席について料理を頂く姿勢になります。
料理が出てくる前の机の上には、コースのお品書きが記されたメニュー表(下写真)が置かれています。メニューを見てみると「平均年齢75歳」「どっち?」「雪山」など……料理名からはどんな料理かまったく想像できません。料理名の下には使われている食材が書かれており、これまでに食べたことがない食材名と突飛な料理名とが相まって想像が膨らみます。

面白いのは、それぞれの食材の生産者や生産地が事細かく書かれている点です。普段、飲食店でご飯を食べる時に生産地や生産者にまで意識しません。こうして明記されることで、それぞれの食材の来歴にも思いを馳せてしまいます。

それでは、ここからは実際に食べた料理を簡単に紹介していきます。

まず登場したのは「平均年齢75歳」。清流に住むトビケラなどの幼虫である「ざざむし」を使った料理です。ざざむしが住む環境をイメージして、料理は石の下に盛りつけられます。

『ANTCICADA』の特徴は、オーナーである篠原さんや料理人の山本一貴さんが料理のポイント、料理ごとに使われている食材やそのバックグラウンドについて丁寧に解説いただけることです。それによって、味だけではなく食材の背景についての理解も深まります。

ざざむしは長野県で昔から食べられている昆虫だそうですが、今ではそれを捕る漁師の方が減り、高価な食材になっているそうです。料理名の「平均年齢75歳」は現役ざざむし漁師の方の平均年齢だとか。その他にもざざむしの生態について詳しく解説いただきました。
こちらの料理は山芋を練り込んだペースト状になっていて、昆虫自体の姿は見えなかったので、序盤の料理として気負わずに美味しく頂くことができました。

平均年齢75歳

こちらは「ピュアなアホ」。ダチョウの卵の殻におさめられたダチョウの肉の料理です。くせもなく柔らかいお肉でとても美味しく頂きました。ダチョウは低脂肪、低カロリーなど、とてもヘルシーなお肉だそうです。

ANTCICADAで出る料理は昆虫がメインのものだけではありません。普段は目にしない食材でも「魅力的なもの」はたくさんあるとの考えから、色々な食材が扱われています(今回のコースでは他に「アメリカナマズ」なども登場しました)。実はすごく美味しいのに色々な事情でポピュラーにはなってない食材やアメリカナマズのように外来種としてただ駆除するだけではなくそれを美味しく食べてしまえる、ということを知ると「食の世界」はすごく深いなと感じます。

ピュアなアホ

こちらは「どっち?」。蜂の子を使った料理です。かぼちゃのニョッキと一緒にすることで、どっちが蜂の子か分からなくしてしまうという趣向が面白かったです。上の写真に少し写っているように、『ANTCICADA』ではさまざまな道具を使って料理を楽しむというちょっとした工夫がなされています。こちらはなんとピンセットで頂きました。
蜂の子はとても香ばしい味で、おつまみとしてお酒にも合いそうでした。

どっち?

こちらは『ANTCICADA』の名物メニューである「コオロギラーメン」。トッピングとしてコオロギが載っていますが、スープにもコオロギからつくった醤油が使われ、コオロギがふんだんに入ったラーメンです。とてもコクがあるラーメンで、美味しく頂きました。

コオロギラーメン

他にも、イナゴを使った料理、カイコの糞を使ったデザート、桜毛虫を使ったお茶などが出てきました。
印象に残っているのはタガメアールグレイティーです。果物のようなとても良い香りがするのですが、これはタガメのフェロモンの香りだそうです。実際にタガメの匂いを直接かがせてもらったら、確かにラ・フランスのような香りがしました。なんででしょう……

篠原さん、山本さんの解説を聞きながら、驚きばかりのコース料理を終えたら、いつの間にか3時間ほど経過していました。そんな長時間食事していたとは思えないほどのあっという間のひと時でしたが、お店に入る前と比べると昆虫に対する印象はガラッと変わりました。

最後に、オーナーの篠原祐太さん、そしてANTCICADAの内装デザインを担当した建築家・海法圭さんに、なぜ昆虫食を始めたのか、ポップアップで色々なイベントに出展していた篠原さんがなぜ浅草橋にお店を構えることになったのか、内装デザインについてなど、色々なお話を伺いました。

篠原祐太さん、海法圭さんにお話を伺いました

「浅草橋に新しい風を吹き込みたい」と動くオーナーに惹かれて

──子どもの時から昆虫を食べていたんですか?

篠原祐太(以下、篠原)
地球が好きだったので、昆虫に限らず、とりあえず色々な生き物を捕まえては食べてました。魚だったり、野草だったり、キノコだったり。
実は子どもの頃はそうやって色々なものを食べていることを家族にも隠していました。

──そうなんですね……!?そこから昆虫食を提供する『ANTCICADA』を始めるまでの経緯はどのようなものだったのでしょうか。

篠原
大学1年生の時に「昆虫を好きで食べる」ことをカミングアウトすることができて、そこから昆虫食に関わる活動を始めるようになりました。当時は今みたいに拠点を持たず、コオロギラーメンのお店をポップアップで出展するなどのかたちで活動していました。大学を卒業する時に、より本腰を入れて挑戦しようと思い、固定の場所で食体験を届けていこうと考えたのが『ANTCICADA』をつくったきっかけです。

──なるほど。なぜ『ANTCICADA』を始めるにあたって、浅草橋にお店を構えることに決めたのでしょうか。

篠原
それは巡り合わせですね。ただ、物件を探すにあたっては「色がついていない場所」でやりたいなと思ってました。例えば、渋谷や歌舞伎町のように強いカラーがある場所は最初からあまり選択肢に入っていませんでした。
経緯を詳しく話すと、知り合いの紹介でこの物件のオーナーさんと出会いました。浅草橋には来たことなかったので「そもそもどこなんだろう」と思いながらはじめて来てみたら、周りにお店も全然ない場所で「ここでお店ができるのかな」と思うくらいでした。
ただオーナーさんの話を聞いてみると、オーナーさんはこのエリアで色々な物件を持っていて、近くにある『DDD HOTEL』というリノベーションされた大きなホテルやアーティストのギャラリースペースなどを始めるタイミングで、自分が持っている物件をベースにして新しい取り組みを生んで、まち全体を盛り上げたいとおっしゃっていたんです。
そのお話を聞いて「ワクワクする」と思ったのが、この場所に決めた1番の理由です。せっかく固定の場所を持つのならば、周囲のまちと有機的な繋がりができて、他の業界とのコラボレーションの可能性の広がりが生まれた方が魅力的だなと思っていたので。

──浅草橋のこのエリアでオーナーさんが新しい動きを生み出そうとしているポテンシャルに共感したということですね。

海法圭(以下、海法)
この辺りは問屋街として有名なのですが、そこに新しい風を入れたいと考えたのがこの建物のオーナーです。実は僕も数年前からこの建物内に事務所を構えています。
平日は問屋街で働いている人たちがいる一方で、最近はマンションが増えてきているので、休日はそこの住人たちがまちに出てくる。そういう風に昔からまちにいた人と新しく住み始めた人たちが入り混じる状態になっていて、両者がより繋がり合うようなまちになると面白い化学反応が起こるはずなんです。篠原さんのような方がお店を営むことは、その化学反応のきっかけになると思います。

お店を構えて続けることは「積み上げていく感覚」

──実際にこの辺りのエリアで繋がりはできたのでしょうか。

篠原
お店を始めたタイミングが2020年の6月4日でちょうどコロナ禍で、第1回の緊急事態宣言が終わった直後ぐらいでした。なので、コラボレーションはおろか飲食店自体やりづらい空気感での始まりでしたね。そういう意味では、当初イメージしてた色々なコラボレーションや繋がりをつくるというのは実現しにくい状況でした。ですが、オーナーさんが持っているホテルのラウンジスペースで桜毛虫や蚕を使った料理や飲み物を出すイベントをやらせてもらったり、地元の会社の交流会の場で昆虫を使った食事を提供させてもらったり、少しずつコラボレーションイベントのようなものはしていました。

──今ではコロナ禍の影響が大分なくなってきて、新しい動きもしやすくなりそうですね。

篠原
そうですね。今後は地元の祭りに出店していくとか「この場所でやってる意味」を自分たちなりに表現していきたい気持ちがあります。

──コオロギラーメンは値段的にもリーズナブルなので、気軽に地域の方も来やすいところもありそうですね。

篠原
地域の方に限ってはいませんが、コオロギラーメンの営業時は地域の方がきて「隣のマンションに住んでるんだよ」とか言ってきてくださったりみたいなことも多いですね。
地元で顔が広い方が初期から常連になって、地域の色々な人を連れてきてくれたり、他のお店で紹介してくれたり、ローカルの繋がりが強いエリアなので、その繋がりを実感する機会は多かったです。

──イベントでお店を出すのと、お店を構えるのとでは違うと思った部分はありますか。

篠原
店を構えることで「ここに来れば必ず食べられる」という状態になるので、毎週来てくださる常連さんが増えていきますね。イベントだとキッチン環境も毎回違ったりするのですが、お店を構えてからは「積み上げていく感覚」があります。なので本当の意味で、色々な試行錯誤ができるようになったと思います。
使ってる食材についても、すべてまちのものを使えるわけではないですが、先ほどお出しした桜毛虫は、この辺りを自転車で走って捕まえてきたものを使っています。せっかくお店を構えているので、そうした活動によって、まちにある身近な自然のことも知ってもらいたいという気持ちもあります。

──この辺で捕れる昆虫でも料理にできるんですね。

篠原
そうですね。例えば、夏場は通勤途中に地域の公園に寄ってセミを捕まえたり、河川敷で野草を取ってきて使うこともあります。
「東京には自然がない」みたいに言われるのは個人的にモヤモヤする部分があって。それも僕の出身地である八王子のような自然豊かな場所ではなく都心でお店を構えた理由のひとつです。もちろん少ないのかもしれませんが、自然はどこにでもあるものですし、足下にもある。そういう身近な存在を認識して視点を変えることで、まちの景色がまったく違って見えることは多々あると思っていて、それは僕らの活動の中でも大事にしたいテーマですね。

──なるほど。

篠原
また、『ANTCICADA』に同業の方が来てくれることも多いのですが、食材としての昆虫に興味を持ってくれるのは嬉しいですね。自分が心ときめくものがあったときにどんどん追及していくような方たちと、前向きな話ができると、すごく背中を押される気分になります。僕は飲食をやっていることにこだわりがあって、飲食体験だからこそ伝えられるメッセージがあると思っています。話で伝えられる魅力には限界がありますが、毛虫を使ったお茶を一口飲んでもらうことで伝わる魅力は必ずある、と信じています。

飲食の力や可能性は、昔から自分自身が色々なものを食べて、色んな体験をして感じてきたものですが、同時に、 食のシーンがもっと豊かになってほしいなって気持ちもあるんです。
 
昨今の飲食店のあり方に対して、素敵だなと思う部分もあれば、もどかしさを感じる部分もあります。店のスタンスにもよると思うのですが「評価される店をつくろう」みたいになっていくと、食べる側に合わせてつくっていくことにはなるわけじゃないですか。 
そうすると、使う食材が他の店と似ていったり、「こうすればいいよね」みたいな正解を見つけようとするあまり、そのお店ならではの表現や冒険がしづらくなってしまう。

食べる側もグルメサイトで調べたらなんでも出てきてしまう時代なので、良い評価じゃないと行かなくなってしまう現実もある。自分が美味しいと思っても評価が良くなかったら「今日はたまたま美味しかったのかな」と思ってしまうくらいには影響されてしまっている怖さも感じます。「誰のための食事なんだろう?」と思ってしまう事もあります。

──私たちもまちの指標を考えるときに飲食店が重要だと考え、食べログの評価などから定量的に評価できるようにできないかと考えたことがあります。ただ、今の話のように「美味しい」「美味しくない」の感覚が誰かから言われて揺らいでしまうなら、それは結局「まちの特徴」にはならないんじゃないかと思ったんです。食べログで見て食べに行って、食べた後は評価と齟齬がないか照らし合わせる。それは結局「自分の体験」になってないから記憶に残りにくいからリピーターにもなりにくいのではないか。

一方で、今日は篠原さんがコースに出てくる料理の食材についてお話してくださったりしたことで、自分の頭でも食材の来歴などに思いを馳せることができて、すごく記憶に残る体験となりました。まちでも同じようにただ点を見るだけではなく、ある人がまちの歴史を語ってくれるとかそういう文脈を含めた体験ができないといけないのだなと感じました。

「日常」と「非日常」を繋ぐ内装デザイン

──『ANTCICADA』の内装デザインは海法さんが担当されていますが、何かきっかけがあったのでしょうか。

篠原
海法さんの講演会に行ったことがあって、その後の懇親会で声をかけさせていただいて、少しお話をしたことはありました。そこから数年を経て、この物件が良いなと思っていた時に、もともとこの場所に入る予定の人が設計をお願いしていたのが海法さんだったんです。その話は流れてしまったそうですが、ご縁を感じる中で「もし可能なら設計をお願いできれば」ということで海法さんに設計を依頼することになりました。

──それも巡り合わせなんですね......!内装デザインはどのように進めていったのでしょうか?

海法
まず営業時間を聞いたら「週に3日」と言われて「毎日じゃないんだ」というところからスタートしたのですが、話を聞いていくと営業日以外は色々な食材を買ったり、捕りに行ったり「味を研究する場所」にしたいと。単なるレストランではなく日々実験的に新しいものを生み出していくラボのような場という点が面白いと思いました。
それと「『地球』を感じる店にしたい」という思いを聞きました。お店に入った瞬間は非日常な世界に迷いこんだように感じるけど、いつの間にかこここそが日常の世界のようにに感じるようになって、家に帰るときに、さっき歩いてきたまちの方が非日常に感じる……という体験をしてほしい、というのが篠原さんの希望でした。不寛容と言われる社会において昆虫食を実践してきた篠原さんならではの言葉でした。まずは、通常は道路に面した表側に客席、奥側に厨房をつくるのですが、それをあえて反転させて、お客さんが雑居ビルの中に入り込んでお店にたどり着くようにしました。

──なるほど。動線を工夫することで入る体験から含めて世界観をつくり込んでいったということですね。棚も印象的ですよね。

海法
『ANTCICADA』という店の名前はイソップ寓話「アリとキリギリス」の原型となる「セミとアリ」から取った名前です。どちらの昆虫も地球の象徴である「土」と関係が深い生きものなので「地層」をイメージしています。アリは地面を掘りすすめて生活する空間を作り、卵や食料などを貯めていく。篠原さんも「ラボ」として日々食材を集め、色々な試作をするので、その活動の履歴が地層の空隙に溜まり、それ自体がインテリアになることを意図しました。

篠原
お店を数年続けたときにヒストリーを見せられる場所にしたいという気持ちを汲み取ってもらいました。お店のストーリーとも合うので、お客さんの反応もすごく良いですね。

──地球の可能性を模索する篠原さんと出会って、海法さんは設計者として気づいたことはありますか?

海法
僕はレクチャーをする時に「東京に雪が降ってる写真」を見せて、「東京に雪が降ってる日が好きです」という話を最初にするんです。
何故かというと、雪が降れば遅刻したり電車が止まっても「今日はしょうがないよね」となるからです。世の中のかなりのことが人間関係や責任問題で決まってしまっている状況が、雪が降る日はリセットされて人間本来の強さを思い出せる。そのような「人間」と「人知を超えた大きな環境」が接する瞬間が大事だと思っていて、その接点を建築を通してどう実現できるかを考えているんです。篠原さんの「地球を感じるお店をつくりたい」という依頼は、小さなインテリアではありながら、僕にとっては大切なプロジェクトになりました。

考えてみると、桜毛虫から桜の味がするのは、桜しか食べていないから当たり前と言えるかもしれない。生き物の体は日々食べているものに大きな影響を受けてつくられていることを、その小さな発見から感じられる。昆虫食の先に自分の体や地球に繋がる発見が満ち溢れていて、それを享受して持ち帰るための下支えができる空間にできれば良いなと思っていました。

──なるほど。

海法
コースの最後の方になるとコオロギが出てきても当たり前になっていて、むしろ「この昆虫とこの昆虫にはどういう味の違いがあるんですか」という会話がなされるようになっている。おそらく最初から昆虫があからさまに出てきたら絶対そうならないと思うんですけど、コースを経ることで「昆虫を食べること」がティータイムのような「日常の体験」に切り替わっているんですよね。

──コースのように手順を踏むことや篠原さんの語りも「日常」にしていくための重要なファクターとなっているということですね。

より広がりのある「飲食体験」をつくっていくために

──私たちが考えている飲食店のあり方と篠原さんが考えている飲食店のあり方が全然違っているのが、今日の話で印象的でした。

篠原
僕らが言っていることって文字にすると当たり前のことではあると思うんですけど、それがキャッチーな体験になることで、記憶に残ったり、何かを考えたり感じたりする経験になると思っています。「美味しい」という前提があるからこそ、この店は一般的には嫌われがちなものを出すことで、食べた瞬間に食べる前とのギャップが生まれて、それが一つのきっかけになるのではないかと思っているんです。

──昆虫が好きな人に来て欲しいというわけではなく、嫌いな人でも歓迎し、そういう人たちの方がより印象に残る体験ができるのではないか、ということですね。
最後に、『ANTCICADA』の今後の展望があれば教えてください。

篠原
ビジネス的な部分も含めて、今の形式が良いのか悩んでいて、2023年で一旦コースの提供は辞めようと思っています。お客さんと一緒に生き物を捕まえに行ったり、色々やっていく中で生まれるものも多々あると考え、そうした深堀りをしていくために、興味を持ってる人たちを巻き込んでやっていく拠点として『ANTCICADA』をつくったのですが、「飲食店」として運営することで、想像以上にそれにまつわる業務に追われてしまい、自分のやりたいことに集中できていないのではないかという現実もあり……

──そんな悩みがあったんですね。

篠原
自分にとって食は人生で最も大事な瞬間で、最も幸せを感じる時間なので、それ自体のプライオリティは高いんですけど。 ただ、その体験の軸が「飲食店」に限る必要はないと思っています。 今興味あるのは「シチュエーションによって伝わる魅力が変わること」です。
飲食店という枠組みの中で、海法さんが僕らの思いを汲み取ってつくった空間だからこそ、今の『ANTCICADA』の体験をつくれてるとは心底思っているのですが、やっぱり飲食店は多くの人にとっては「ご飯を食べに行く場所」ですよね。だから「食事」という前提があると伝わりきらない自然の魅力や醍醐味はあるなというもどかしさを感じているんです。 

それを感じ始める中で、2年半前ぐらいからバーベキューイベントを定期的にやっています。そこでは皆で食材を採集したり、その場で捕ったものも料理して味わいます。「最高に自然が楽しめるバーベキューイベント」の方が「コース料理を提供するレストラン」よりメッセージがストレートに届く感覚もあります。

テントサウナを河原に設置して、タガメの蒸留液をサウナストーンに垂らして、タガメのフェロモンに全身包まれた状態で川に飛び込むと、尋常じゃないエクスタシーを感じるんです。そして、その状態で食べる料理は、すごい染みるんですよね。その体験って深掘りする余地がすごくあるし、それだからこそ伝えられる地球の魅力もあると考えています。

僕らが伝えたいところが伝わりきってないのは、実力不足もあると思うのですが、僕らが求めているものとのずれは「飲食店」という業態だからこそ生まれてきてしまうところもあると思っていて、今後はもう少し広い意味での「飲食体験」を追求していきたいです。
(2023年12月16日収録)


なんといっても昆虫食である。昆虫。なので最初は懐疑的であった。しかし、例えばエビと昆虫だってそんなに違わないじゃないか、と自分に言い聞かせながら食してみると、これが美味で、調理方法によってこんなにも印象が変わるものかと感激した。
しかし、それ以上に興味深かったのは、店のあり方である。本文にもあるように料理ごとにいろいろ説明してくれる。食すということも含めたこうした体験がひとつひとつ先入観を変えていく。
カニやマグロがおいしい地域はたくさんある。しかしどうしてもその場所でなければ、という場所は少ない。そういった意味で今回訪れたANTCICADAでの食の体験は、今、ここでしかできない。
今後、食をまちの特長とするには「食」と「印象的な体験」の組み合わせが必須となると強く感じたし、こうしたことが積み重なって食文化は育まれていくのだろう。(齊藤達郎)


私個人としての昆虫食・コオロギとの出会いは2013年。仕事で訪れたミャンマー・ヤンゴン。屋台で何やら山盛りで売っているものは何かとよく見てみるとコオロギでした。流石に買って食べることはありませんでしたが、2018年に渋谷100BANCHのナナナナ祭で、将来的な人類のたんぱく源としての養殖コオロギを煮出してラーメンをPOPイベントでつくっていたのが、今回お話をお伺いした篠原さんでした。大正時代の農商務省の調査によると日本での食虫習俗は、その地方の気候風土に根差し、昔からハチ類、ガ類、バッタ類など合計55種にのぼり、長野県の17種を筆頭に、41都道府県に及んだそうです。

“昆虫食”というワードにはインパクトがあります。
しかし、ANTCICADAのメニュー表には、“地球を味わう”という言葉が記され、インタビューの中でも「僕にとって、虫は地球の食材の一部。僕らは特別な食材だとは思っていません。ANTCICADAで目指すのは『地球料理』なんです。」との話もありました。
現代の日本は飽食の時代で、ANTCICADAは“キワモノ”の扱いでの話題性と感じていましたが、篠原さんの話を聞くと、至って自然に「地球料理」の伝道師に過ぎないという気がしてきました。コース料理には、増えすぎて駆除せざるを得ない鹿やアメリカナマズもサーブされます。インパクトある昆虫メニューのおいしさにも驚かされましたが、これらの一皿一皿は、繊細な下処理と大阪のリストランテ出身の山本シェフの調理の素晴らしさで驚くほどおいしい。その地域ならでは食材の幅の広さを感じた全10食、ペアリングのドリンクと、各地のならではの食材の話とともに3時間十分に満足感のある食体験でした。
一旦、コースの提供は辞めるとのことですが、“地球料理”が次へどのようにアップデートするのか、とても楽しみです。(今中啓太)


子どもの頃は昆虫を捕まえたり、触れる機会は多くありましたが、大人になってからはあえて触れることはまったくと言っていいほどありませんでした。
そんな中、昆虫を使った料理を食べることになり、実際に食べる前まではドキドキでしたが、一口食べたらそんな懸念は吹き飛びました。コースの最後の方はタガメを手でひょいと持つくらい、昆虫を身近に感じることができるようになりました。
食事をしに行くことでそんな変化を経験できるとは。そこには、篠原さんが考える「飲食体験」の強さがあるというお話を伺え、「昆虫」はもちろんですが「飲食店」という存在への視点が変わりました。(福田晃司)