世の中は男性優位でもなく女性優位でもなく男女平等でもない。「まだら」です。

「食われなさい」ってタイトルがまずダメだよね。

そして、実際に、男性に対して恐怖心を植え付けているという事実に対する反省が何もない。そんな態度でどうやって「あらゆる違いを超えて対等に尊重しあえる世の中」を実現できるというのでしょう。

結局、言ってることとやってることが違うから「フェミニズム」は嫌われる。

小木さんは「今は女性のほうがちょっと上」と感じておられる。これは事実です。もちろん、本当に女性のほうが上なのかどうかという話は別問題です。たまゆら堂氏が実例を挙げて指摘しておられるように、まだまだ男性優位とみられる証拠もいくつもある。

ただし、東京医大の入試については、半ば奴隷のようにコキ使える兵隊需要という側面があり、もちろん女性蔑視の面もあるが、反面、男性蔑視の面もあり、一概にどちらがどうとは言えない。もちろん、同額の受験料を受け取っておきながら採点に差をつけることは絶対に許されることではない。

選択的夫婦別姓制度については、少なくとも法制上は男女の差はない。別に男性が配偶者の姓を名乗ることもできる。ちなみに選択的夫婦別姓制度については、過去に私も色々意見を言っているのでよかったら読んでください。

選択的夫婦別姓制度?そんなの要らないよ
選択的夫婦別姓なんて古臭い
「選択的夫婦別姓反対」は保守思想か?

ああ、タイトルだけ見てスキップするのやめてくださいね。多分あなたが予想していることとはきっと正反対のことが書いてありますから。短く言うと単に夫婦別姓にするだけではなく国際化にも対応するべきだという主張です。

性犯罪やDVの被害者は女性に偏り、加害者が男性に偏っているのは、そもそも社会制度とは何の関係もありません。単に男性のほうが体格的、筋力的にに優っているという、ただそれだけの話です。それを言うなら肉体労働、危険な労働の従事者が男性に偏っているのはどうしてですか?と言わなければならなくなってしまいますね。

「意思決定の場に女性が極端に少ない」のは、単純に今までキャリアを積んできた女性が少ないからでしょう。30年、40年とキャリアを積み上げてきた人材は、圧倒的に男性のほうが多いのは事実です。これを「今すぐ是正しろ」という話になると、何のキャリアも積んでないズブの素人を、単に女性だからという理由で抜擢しなければならなくなります。そうなると「やっぱり女はダメだ」という風評が拡がってしまい、かえって女性にとっても残念な結果になるはずです。ですから、今すぐ短兵急に是正しろというのではなく、30~40年かけて是正していくという視点に立たなければダメだと思います。

とまあ、このように1つ1つ反論しようと思えばできるのですが、全体として男性優位な部分が今も残っているのは事実でしょう。それは否定しません。しかし一方で、小木さんが「女性のほうが上」と感じるシーンも多々あるというのも、おそらく事実なのです。

こちらの記事によると、日本は世界でもっとも、幸福だと感じている男性と女性の格差が大きく、女性は比較的幸福だと感じている人が多いのに比べて男性は少ないのだそうだ。

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私は別に「この調査結果は正しいんだ!女性のほうが上なんだ!」と主張したいわけではなく、要するに、人はみな自分の見たいものしか見ようとしないし、自分が見た世界が世の中の全てだと錯覚する生き物だということです。つまり、誰かにとって「男性優位社会」は現実であっても、他の誰かにとってもそれが現実であるとは限らないし、他の誰かにとっては「女性優位社会」という現実がある。世の中は画一的に男性優位なのではなく、男性優位だったり、女性優位だったり、どこかで上手に釣り合いが取れていたり、取れていなかったり、色んな世界がまだらに存在するのです。

だから、小木さんの目に映る世界を頭ごなしに否定するのも間違いだし、「もう今の日本は男性優位社会なんかじゃない!」とフェミニストの主張を否定するのも間違い。ただ、現在のフェミニストは兎角、反対意見を否定する傾向が顕著に強いので、嫌われたり怖がられたりするのだと思います。

4~5年くらい前に「ズートピア」っていうアニメ映画ありましたよね。草食動物と肉食動物は、表面上は仲良く平等に暮らしているのですが、実は肉食動物はいつ草食動物に牙を向けるか分からないという理由で差別されていました。しかし草食動物にとってはそれは差別ではなく、肉食動物が本気を出したら「食われる」しかないわけです。男女の関係もこれに似ている気がします。そういえば男性が女性と性的関係を持つことを「〇〇(女性の名前等)を食う」と表現したりしますね。個人的には俗っぽすぎてあまり好きな表現ではないですが。

最後に少し揚げ足取りを。

なにか反省点を指摘されたとき、指摘した人に向かって「怖い」というのは、自分の反省点を見たくないという心理の現れであったり、相手を加害者にすることで論点をずらそうという戦略であることが少なくありません。もちろん大きな声で怒鳴るように指摘するとか、「言い方」によっては本当に怖いこともありますが、それは別として。

私にはむしろ、フェミニストたちが小木さんから反省点を指摘されていると思うのですが、フェミニストはなぜ反省しないのでしょうかね。言い方によっては本当に怖いとご自身もおっしゃっているのですから、言い方を改められてはどうなのでしょうかね。何度でも言いますが、森さんが謝罪しているのにそれでも許さないと言って辞任に追い込むのは怖いですし、辞任しても許さないと言って今度は何も落ち度がない川渕氏の性別や年齢を叩いたり、過去の言動をほじくり返して叩いたりするのは異常です。これは、たまゆら堂さん個人に言っているのではありませんのであしからず。


追記。たかまつななさんも小木さんの件について記事を書かれてました。

たかまつさんは、ファミマの「お母さん食堂」の件でもフェミニストの主張に対して違和感を訴えておられましたが、今回も同様の結果になったようですね。「トーンポリシング(言い方警察)」という言葉も使われていますが、この言葉、本当に便利ですよね。

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「伝え方が9割」。はい、今ベストセラーになってる話題の本です。「トーンポリシングするな!」とか言って開き直ってる人たちは、ぜひ読むべきでしょう。ただ手当たり次第に怒りをぶつけているだけでは「怖い」と思われて当然ですし、今のままではフェミニスト様たちの崇高なお考えも世間に受け入れられることは永久にないでしょう。

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