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ARガールフレンド - 28 拡張しない世界はもはや不完全な"現実"

1話およそ1,000文字。スキマ時間にサクッと読める近未来短編SF小説。

AR彼女ミヤと付き合う未来の青年タケルの視点で、現実と拡張現実のミックスワールドで体験する未来のテクノロジーで、本能までもが拡張される日常を描く。
未来で待っている人々のニーズを先取りするフューチャーマーケティング風SF小説。

27 拡張されたメイクラブ からの続き。

ミヤとの一夜を過ごした翌朝。

朝日の光で起きたタケルは、乱れたベッドの上からその身を起こした。


ラブドールが隣で寝そべっている。オプションの効果が切れたこの時間では、隣で寝ていたはずのミヤは既にラブドールには憑依してはおらず、等身大の人形が横たわっているだけだったのがタケルを急激に現実に引き戻していった。

「おはよう、タケル」

窓際に座って外を眺めていたミヤが声をかけてきた。天使の笑顔と共に。

「おはよう。起きてたんだね」

ミヤが抜け出したラブドールで現実に引き戻されていたタケルは、天使の笑顔に癒されつつも、心のどこかで寂しさを感じていた。

この場合のよくあるシーンは、彼女が作った朝ごはんとコーヒーの匂いで起きる。一夜を共に過ごした彼女を抱きしめる。

そんな決まりはないが、タケルには未だかつてそんな経験はしたことがなかった。そしてこのままミヤと一緒にい続ける内は、そんな朝がやってくることはない。
拡張現実内で作られたコーヒーを飲めるのはAR人間だけなのだから。

窓の外を眺めていたミヤは何を思っていたんだろう。
運営はなぜそんな風にプログラムしたのだろう。
もしかしたら、今タケルが感じているようなAR側が感じている虚しさを、ミヤを通して表現しているのかもしれない。

「顔を洗ってくるね」

そう言って洗面所に向かい、いつものようにコンタクトを外し、、、
いや、昨夜はミヤと一緒にいたかったからコンタクトをつけたままだった。今こうやってミヤと会話したのが何よりもの証拠だ。

いつも寝るときはコンタクトをはずしているタケルは、目が乾いて時々痛くなるのを恐れて、一旦コンタクトの洗浄と、ついでに目も洗おうと思い、何の気なしにコンタクトを外した。

まだ半分寝ぼけていたまま、一通り終えてさっぱりしたところで、ふと気付いた。


この世界に、ミヤはいない。


この世界がいかにミックスワールドとして機能していたとしても、
コンタクトをつけていなければ、拡張現実に接続できない。

もしこのまま自分がコンタクトを付けなかったとしたら、ミヤは悲しがるだろうか。
ぼくを探してくれるのだろうか。

タケルは洗面所で、コンタクトの外れた自分を鏡で見つめながら、
ミックスワールドなしではもはや生きていけないほどに依存していることに改めて気付いた。
それを認めようとしたかどうかまでは、分からなかった。
認めざるを得ない物理的な現実そのものと、拡張現実の間にある、埋まることのない溝の深さを、まざまざと思い知った。

怖くなる。

ミヤがいない世界なんてイヤだ。

ミックスワールドじゃない世界なんて不完全だ。

それ以上考えることも拒否したタケルは、”現実"から逃避するかのように、
コンタクトを付け直す。

部屋に戻ったら、ミヤがテーブルの前に座っていた。
視界の端に、選択肢が映し出される。

「ミヤにカフェラテを与えますか?400円でバーチャルミールを与えることができます。
はい / いいえ」


(つづく)


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