働くことについて思うこと(小説-その2/2)
働くことについて、自分の考えを書こうとしたのですが、うまくまとめられなくて、自分や周りの人の経験を小説にしてみました。ちょっと長いですが、お付き合いいただけると嬉しいです。
※「小説-その1/2」から読んでいただければと思います。
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「ぼくはさ、新入社員の時にいい経験をさせてもらったんだよ。いい経験っていうか、最高の経験をね」
「最高の経験、ですか」
「ぼくの先輩は、すごく仕事のできる人でさ。あ、鹿島さんって知ってる?」
「あ、あの経営戦略室の」
「そうそう。すぐ出世しちゃってあそこにいったんだ。あの人がぼくの先輩で、今の森さんとぼくのような関係だったんだけど。ぼくは新入社員で入ったばかりで、ろくに仕事を覚えてもいないのに、今と同じで『あんなことがしたいとかこんなことがしたい』とか好き勝手言っていて。普通、そんなの無視されるだろ。だって稟議の仕組みもよくわかってないのにさ」
「確かに、そうですね」
「でも、鹿島さんは、全部聞いてくれて、目のありそうなものは実現できるように課長とか他部署に一人で掛け合ってくれたんだ」
「すごいですね、それ」
「そう。本当にその交渉が上手くて。相手の動きを先に情報収集して、させるべきことははっきり伝えて。そうやって、新入社員のぼくの思いをいくつか実現してくれたんだ」
「へぇ。今は原口さんが一人でしているけど、昔は先輩がいたんですね」
「さすがに1年目で今みたいに好きにはできないよ。でもね、自分はまさに今、鹿島さんの動きをしないといけないのに、それができなくて、情けなくて」
「そんなこと」
森は言葉に詰まった。確かに、原口のアイデアとバイタリティは目を見張るものがある。でも、その特有の優しさで、人に押し付けたり、交渉したりすることはそれほど上手ではないのだ。
「いいんだ。ぼくにはぼくの働き方があって、ぼくは人と戦いながら物事を進めるタイプじゃない。さっき言った通り『世界一楽しい場所』に争いは似合わないと思うから。だから鹿島さんになりたいとは思わない。でも、何かを動かそうとする時、たくさんの人の力がいるときには少し弱いんだ」
「私はそんなことないと思いますけど。でも、その実現したものって、なんなんですか」
森は、わざと話題を変えてみた。
「ああ、実現したもので一番上手くいったのは『内定者匿名チャットシステム』だよ」
「えっ。あの、入社前に使ってたあれですか」
「あ、森さんも使ってたの。そうそう。あのシステムだよ。当時介護系の会社に来る人材が減っていて、しかもうちの会社は、内定辞退率が50%を超えるくらいになってしまって。それはまずいと思って、新入社員で入りたてのぼくが提案したんだ。給料とか、休日とか、職場の雰囲気とか、気軽にしかも匿名で相談できればきっともっと入社してくれる人は増えるって」
「あれ、原口さんのアイデアだったんですね」
森が感心した表情でうなずく。
「でも、あのシステムも今回と同じ。人事課も情報推進課もどちらも採用してくれず、結局『施設管理課で勝手にやるなら』って鹿島さんが無理矢理OKを取り付けてきてくれて。予算はついたけど、だれも運営する人がいないからぼくがしてるんだよ。でも、全てがあのシステムのおかげかわからないけど、内定辞退率は20%ぐらいまで減ったし、社長賞も貰えたんだよ。その時の嬉しさって、本当に快感でさ。ぼくはあの時の快感をまた感じたくて、こんなことばかりしてるんだと思う」
「へぇ」
森が相槌を打つ。心ここに在らずといった表情だ。それに気づいた原口は、もう森がこの話題に飽きたのだと思った。
「あ、ごめん話が長くなっちゃったね。もう行こうか」
立ち上がろうとする原口を、森が静止した。
「あの、もうちょっといいですか」
「え、どうした」
様子のおかしい森に、原口は少し心配になる。
「いえ、違うんです。あのシステムの運営、原口さんがしていたこと知らなくて」
「ああ、利用者も匿名だし、社員名も出してないからね。別に隠してはないんだけど。でもやっぱり、社長賞を取ったっていったって、提案した人間が管理しているなんておかしいよね。もっと、この会社の組織とか在り方を変えられるような、そんな大きな提案をしないといけないんだと思う」
「十分ですよ」
「え?」
呟くように話した森の言葉が聞き取れず、原口が聞き返す。
「いえ、あの。なんていうかあのシステムはこの会社にとって、いやこの介護業界にとって、とっても大事な、中心的な役割をになっています」
「そうかな、そこまで・・」
「そうです!」
突然の大声に静まり返る会議室。原口がおそるおそる尋ねる。
「なんかあった?」
「ごめんなさい。突然。前、話しませんでしたっけ。私、他にも2社ほど内定をもらっていて。第一希望はJCTで、そこも内定を取れていて」
「ええ!すごい。就職人気ランキング上位の企業だろ」
「そうなんです。でも、本当になんていうか、どんな職場か知りたくでも全然わからなくて。私、結構心配性で、内定取ったところをいろいろ調べるんですけど、結局職場の雰囲気とかよくわからなくて」
「まあ、確かにどこもそうだよね」
「でも、うちの会社は、先輩のそのシステムがあって。私、唯一気になっていたのがやっぱり『介護』っていう仕事に、どうしても華やかさがないというか」
「そうだね。確かに人気はないよね」
「でも、チャットで話していると本当に素敵な仕事だって。で、あっそうだ。これ、原口さんの言葉ですよね」
森はポケットからスマホを取り出して、チャット画面のスクリーンショットを見せてきた。
「終わりよければすべてよしという言葉があります。その人が、それまでどんな苦労や悲しみを乗り越えてきていたとしても、その人の人生の最後に素敵な時間を提供できることができれば、その人の人生は、きっと全て良いものになる。そんな思いで働いています」
「ああ、たぶん。こんなこといったかな。覚えてないけど、このチャットはぜんぶぼくの回答だから、ぼくの言葉かな」
原口は少し照れながら返す。
「すごいです。私、この言葉を読んでここに入ろうと思ったんです。私だけじゃない。同期の石井さんも、森山さんも、谷くんも」
「そ、そうなの。みんなで共有してくれてたんだね」
「あと、職場の雰囲気とか、手取りの給料。残業の状況とかも事細かく、本当のことを書いてもらって、私たち、その内容より『こんなことを話せる人がいる職場はきっといい職場だよね』って入社を決めたんです」
「そういってもらえると」
原口はどうも褒められるのが苦手だ。なんだか居心地が悪い。
「だからだったんですね。私、原口さんの下について、すぐに馴染めたんです。なんだか、昔から知っている本当のお兄ちゃんみたいだなって。すごい。今、全てわかりました。ずっとチャットで話してたからなんですね。感動しました」
「そうか、でもそれなら、これはすごいことだな。だって、石井さんも森山さんって営業で評判のいい2人だし、谷くんも税理士の資格を持ってて重宝されている。森さんも含めて、こんなに優秀な社員が入ってれたんだとしたら、ぼくのこれまでやってきたことは本当に意味があったんだと思えるよ」
「それだけじゃありません。このシステム、今年になって他の介護会社もどんどん取り入れていっているんです。うちの会社がうまくいったのを見て真似してるんです。だから、原口さんは介護業界そのものを変えたんですよ」
「それは知らなかった。そっか。そうだな。うん、そうだ、うん」
原口は、手に持った企画書を見直しながら、自分で自分の言葉を噛み締めた。
「そうだな!よし!やっぱり『いつでも面会システム』なんとしても導入しよう!」
「え、もう一度情報推進課呼び出しますか」
「いや、いい。もううちの課でやっちゃおう!課長にすぐに話を通す。やらないといけないことは、やりたい奴がやればいい。それで、この世の中が良くなるなら、どんどん進めてやる。もうこうなったら、火中の栗拾いだ!」
「そうですね!やっちゃいましょう!アッツアツの栗を拾ってやりましょう!」
「よし、じゃあいこう!」
「あっ、原口さんひとつだけ」
早速、企画書を手に立ち上がり、急いで会議室を出ようとする原口を、森が呼び止めた。
「ん?どうした」
「あの、職場の近所のカフェの美味しいプリンの情報も、やっぱり原口先輩がチャットしてくれてたんですよね」
森が少し意地悪な表情で笑っている。
「そうだよ。なんだ、プリン好きだとダメなのか。あそこの美味しいんだから」
「そんなことないです!確認です!あれのおかげで入ったようなもんですから!ぜひ行きたいです!」
「だろ!そう思ってた!じゃあいくぞ。プリンは今度な!」
「はい!」
2人が勢いよく廊下を走り去る足音が、空っぽになった会議室に響いた。
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