50か国以上旅して感じた「旅の限界」

【うし子の日記】
時間が空いてしまってごめんね。先週末から海沿いの村に来ているの。Airbnbを使って、アパート暮らし。リモートワークの仕事を終えたら毎日、海に行っている。ホテルみたいに窮屈じゃないし、キッチンがあるから外食しなくて済むし、とても良いよ。いま、住む場所のサブスクリプションサービスなんか出てきているけれど、テレワークがどんどん進んで、人々が季節ごとに魅力的な土地を移動できる時代が、早く来ると良いな。

旅の限界

スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーのポッドキャストが好きなのだけど、作家の池澤夏樹さんがゲスト出演して、「旅」を語る回を聴いたの。


私たちも一緒に随分旅をしたし、住む場所も数年ごとに変わっているよね。なので私も今日は、「旅」について思ったことを書いてみるね。
ちなみにタイトルで「50か国以上旅をして」と書いたけれど、旅した国数をカウントすることは、実はナンセンスだと思ってる。なぜなら例えば「トランジットで半日寄っただけ」と「その国の言語を話し、数年生活する」では同じ1とカウントできないと思うから。ひとつの国といっても、訪れたエリアによって言語も文化も違うこともあるし、数年住んだって、所属するコミュニティや話す言語によって、見えてくる世界は異なる。
今住んでいる国は英語を話せる人はごく一部で、格差が大きいからそれをとても感じるの。例えばこの国に派遣されている新聞記者は英語しか話さない。そうすると必然的に彼らのコミュニティは、英語を話す上流階級の現地人が多くなるわけで、彼らが見ている世界や政治観は、英語を話さない人々のそれとは180度違う。結果、外国で報道されているこの国のニュースは、現地での報道や人々の感覚とはズレがあって、違和感を覚えるんだよね。

そんなわけで、旅をすればするほど、「旅には限界がある」と感じるし、「旅する意味とは?」なんて考えてしまう。だけどやっぱり、視野を広げてくれるという点で旅はとても効果的だし、旅の限界を理解した上で(旅で見えるものはその国のすべてではないので、すぐにジャッジしない)、続けるべきだと思ってる。
池澤さんの、旅への姿勢、それを様々な言語で発信する活動、そうして表現された美しい小説にはとても感銘を受けちゃった。

若いうちに旅すると人生が変わる

うま子と大学時代にバックパッカーごっこをやっていた時は、とりあえず有名どころに行って、料理を食べて、ホステルに泊まって、その国は終了、次の国へ、なんてスタイルだったね。それでもバックパッカー旅の良いところはホステルで旅仲間ができること。バックパッカーの旅ルートや泊まる宿は重なりがちで、そこで今でも続く友達ができたね。めちゃめちゃ社交的な達人バックパッカーや10か国語近くを話すうま子のおかげで、現地の人の話も聞くことができたね。彼らやうま子とのたくさんのディスカッションでずいぶんと視野が広がったし、結果的にはあの旅がきっかけで、私は今の夫と出会った。海外で就職しようと心に決めたのも、あの旅がきっかけだったなぁ。若いからこそ出来た旅だし、生活や考え方が柔軟なうちに、ああいう旅ができてよかったな。

今は仲間との「テーマのある旅」がすき

ある程度大人になって外国暮らしにも慣れてくるとだんだん「有名どころを訪れるだけ」の旅への興味が薄れてきた。その代わり「プーリアのウニのパスタが食べたい」とか「ジンベイザメと泳ぐためにセブ島に行きたい」とか「アマローネのワイナリーに行きたい」という風に、テーマのある旅を、同じ趣味を持つ仲間と行く様になってきた。有名どころを巡る旅は、慣れてくるとどこに行っても同じパターン(どこの国も空港やホテルは綺麗だし、観光名所はすべて英語で済んでしまう)だけれど、同じ趣味を持つ仲間と、好きなことをしながら濃い時間を過ごすというのは、人生におけるもっとも美しい時間の一つだと思う。
そしてこのポッドキャストを聴いたら、タヒチのゴーギャン博物館に行ってみたくなったよ。(後で調べたら、閉館になったみたいだけど…!)
これから子供ができると遠出は難しくなるだろうけれど、それはそれで、新しい「旅」の形を発見できるのかもね。

これからも、一緒に旅を続けようね。そして今後も、うま子が住む場所にはいつも遊びに行くよ~!

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