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一人っ子ブルース

そういえば、
何故「うさぎのしっぽ」なのかについて
書いたことがなかった。

可愛い顔をしたうさぎの裏側/後ろ側
(普段見せていない一面や心の内)
という意味で「うさぎのしっぽ」とつけているのだが、

そもそものところ、
単純に私は物ごごろついた時からずっと
「うさぎ」というものが好きで、

自分の結婚式にて良い歳こいて
うさぎが描いてあるクッキーを配った時は
友人らにさすがに笑われた

きっかけは、実家に今でもいる
2歳児サイズうさぎのぬいぐるみ

一人っ子である私の幼少期時代、
家での遊び相手でもあった。

親は何時間もそのBIGうさぎ
お茶会、おママごとをしている幼き娘を見て、
一人っ子が可哀想で泣けたと言っていたが、

当の本人はそもそも兄弟がいたことがないので、
何が悲しいのか全く分からず

「妹弟欲しい?」と母に聞かれた時も、
兄か姉なら欲しいが他はいらぬという無理難題無理だと理解しつつ突きつけたのを記憶している。

私からしてみれば、
家に遊びに来る友達がたかが数時間の内に
必ず兄弟喧嘩しているのが理解不能で、
自分は兄弟いなくて良かった…と毎回思っていたのだ。

ということで、遠回りをしたが、
今週は自分の人格形成一人っ子であることが非常に関係してるなと改めて思ったりしたので、
一人っ子自己分析をしてみたいと思った。

※個人の意見で、全一人っ子に当てはまるかは分かりません。

争いを避けたい。そして、争った時にはthe end

とにかく私は出来ることならば誰かと面と向かってタイマン的な争い方はしたくなく、
平和に生きていたいと思っている。

これは、決して天使のような心の持ち主だと言いたいのではなく、
言いたいことが言えないという意味でもなく、

なんというか全般的に人間関係において、
ごちゃごちゃ争うのが面倒くさいので、
心の内で「チッ」と思いつつ、
「もう何も言わないどこう」ってな形で諦めて、
あえてそれ以上関わらない戦法をとるという意味だ。

なので、沸点は高いが、嫌だと口に出した時点では結構相手がどう出ようと、取り返しがつかないことになっていることが多い。(よくないne

これは間違いなく一人っ子の性
なにせ人生でそう言った場面はなかったので、
喧嘩して次の瞬間スッキリ仲良し!
みたいなノリが上手く出来ないのだ。

争いという意味では、
モリモリ食べる夫と鍋を囲むと、
食いっぱぐれる恐怖を感じるので、
私的にはなかなか疲れるアクティビティの一つ。

兄弟がいたらもっとこういうのにも慣れているのだろうかと思いつつ、次こそ鍋二つに分けてやろうかと毎回思ったりするのである。

年下より年上の人といるのが居心地が良い

これはやはり大人に囲まれて育ったからか。

プライベートな集まりにおいて、
先輩の中で1人ぽつんと入るのはよくあるが、
私1人先輩で後輩に囲まれるという場面は、
今のところ一度たりとも人生でなかったように思う。

どういうテンションで、どういう先輩の面を下げれば良いのかよく分からないのだ。

これはもうそれ以上でもそれ以下でもない。

妄想・空想・頭の中の独り言

他の人の頭の中を覗いたことがないので、
実際のところは分からないが、
おそらく私は妄想/空想/頭の中の独り言が多いと思う。

これも一人でぼーっとするのが得意な一人っ子あるあるではないだろうか。

思い返せば、幼いころは寝れない時に考える完全に空想の豪邸があって、そこでどんな部屋や家具があるかなど想像しながら寝落ちしたり、
何度も絵に描いていたこれまたイマジネーションの中のある場所(虹と湖に浮かぶ白鳥の絵)があった。

文書化するとなかなかに変なやつ。

そして、極め付けはnoteを書くようになってから最近気づいたのだが、私は常日頃ずっと頭の中で独り言を言っているようだ。

例えば、この記事も信号待ちの間、
頭の中でぺらぺら一人であーだこーだ
思って?話して?たことをそのまま、
ただ打ち込んでいる。

逆に1人でぼんやりカフェ考え事をする時間がないと結構辛く、

先日はおしゃべりな愛しのマイダーリンが、
出張帰り隔離期間で家に張り付いている状況の中、気づけば適当な理由をつけて、
一人カフェへ脱走している自分がいた。

親とはめちゃくちゃ仲良い、でも世界で1番怖い存在

私は親とはかなり仲が良い方だと思う。

でも、同時に今でも世界で一番恐れている存在でもある。しかも勝手に、だ。

この年になっても、
(今となっては主に親戚周りの対応)
「これは怒られるかもしれない、気を悪くするかもしれない」と思って、
過剰に心配して、何を望んでいるか考えて
先回りしてケアして、
結果取り越し苦労で特に何も言われない、
というパターンもよくある。

一人っ子って子供の時から親に突き放されたら他に誰もいないってよく分かっているから、
生存本能なのか、

親のちょっとした悲しい表情とか、
怒りそうな顔とかすごく敏感に感じとって、
気にするという、

その行動がもう染み付いてとれないのだ。

学生時代は門限など色々干渉されるのが嫌で、
反抗的な時期もあったが、

なんだかんだ期待された道からの反抗はマイナーなもので、それなりに顔色を伺った形で
両親ご満悦の人生に収まっている自分がいる。
(例えタイで象使いになりたかったとしても、それは出来なかったと思う)

別に気にしなきゃ良いのに、
やめられないとらまらないかっぱえびせん。

この感覚はなかなか説明が難しい。

大人になった今、
さすがに兄弟喧嘩を見なくなったので、
色んなことを相談出来る兄弟がいることを
羨ましく思うことが増えてきたが、

とはいえ、

きっともう一回人生をやり直しても、
「妹弟欲しい?」と言う質問に対して
兄か姉なら欲しいが他はいらぬという
トリッキーな回答をするような気がするので、

それなりに一人っ子ということに、
満足しているということなのかもしれない。

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