ミッション迷子案内①

揺れる水面を足元に感じると、子供のように心が弾む。

研修最終日の移動手段は、水上バスだと決めていた。切符を眺めていると、自然に頬が緩んでくる。ほかの日程は時間のかからない移動手段を使ったけど、長丁場の研修から解放された今なら、のんびりと移動しても差し支えない。

そうだ、今日が最終日だから、研修室の隅にトランクを置いてる人もいたっけ。可愛らしいキャラクターが散りばめられたデザインだったから、誰か女の子のものだろう。きっと直接地元に帰るのだ。

水上バスの出発を待ちながら、真朱は数日間の研修をぼんやりと思い返していた。
全国から様々な年代が集まった研修は、真朱には少々難解な内容だった。職場に戻って、これをすぐ実務に活かせるかどうかは正直自信がない。

しかし、研修最終日を前に開かれた飲み会は面白かった。都会の夜景を背に語られる、それぞれの職場や出身地の話。有名な歌に出てくる祭りが、歌のイメージとはまったく違う激しいものだという少し年配の男性の話は、研修よりも印象に残ってしまうほど興味深かった。

その飲み会の、サポート役を務めていたらしい青年の横顔が、ほかの記憶をかき分けるように真朱の脳裏に浮かんでくる。

随分と整った容姿の男性がいるなと、研修初日に真朱は少々驚きながら、挨拶する彼の姿を眺めていた。
スラリと背の高いスーツ姿はスマートで、茶に染めた髪は短く整えられ、クールで優秀なビジネスマンの雰囲気を漂わせていた。カラーシャツの襟の上に見える横顔も、いわゆるイケメンの範疇だろう。
数十人いたメンバーの中で、明らかにいちばん真朱の印象に残った人物だった。

聞けば、年齢も真朱とひとつしか違わないらしい。それなのにあんなクールで落ち着いた雰囲気なのか、さぞ仕事ができるんだろうな…、と真朱は研修期間中ずっと、なんとなく彼に注目していた。

そろそろ出発時刻が近付いていた。時間帯のせいなのか、水上バスの乗船客はまばらである。わざわざ水上バスに乗ろうという人間は、研修メンバーの中では自分だけだったらしい。いかにもおのぼりさん丸出しだものね、と真朱は少し自虐的な気持ちで改めて切符を眺めたが、わくわくする気持ちは変わらなかった。

ふと、真朱の視界にひとりの青年の姿が入ってくる。
白い半袖シャツにジーンズ。手には、研修室で見かけたキャラクターもののトランクを引いている。
あの可愛らしいトランクの持ち主は彼だったのか。と言うか、あんな人、メンバーにいただろうか。当然ながら、Tシャツにジーンズで研修を受けていた人物などいない。

彼は真朱に気付いて、満面の笑顔を浮かべた。
「長嶺さん!」

思わず、あんぐりと口を開けてしまいそうになった。薄曇りの波止場を背にこちらへ歩いてくる青年は、真朱が研修中ずっと注目していた、クールなカラーシャツのビジネスマン、神崎だったのである。


→第2回に続く

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