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蒼のノスタルジア :6

帰り道は、随分と楽だった。高い所が苦手な朝日花は足元に注意するのに必死で、景色を見る余裕がまるで無いらしく、大丈夫、大丈夫だから、と心配する蒼介の声にすがり付くように、おそるおそる下りていく。

商店街に戻ると、ひとしきり探索してから、アイスクリームを食べてのんびりした。美味しい、何個でも食べられるね、と目を輝かせる蒼介に、財布を忘れたくせにちょっとは遠慮しなさいよ、と朝日花は呆れる。

いいよ、今日だけは。アイスクリームを食べてる間ずっと居てくれるなら、貯金が尽きるまで食べたっていい。

ジュースに浮かべたアイスクリームがゆっくり溶けていくのを見つめるふりをして、朝日花は涙をこらえた。


アイスクリームに満足した二人は、海沿いの遊歩道を散歩することにした。
タイルの敷き詰められた遊歩道は、建物の裏手に静かに佇み、どこか秘密の小道のような雰囲気をまとわせる。
防波堤に腰掛けて、学生たちがアイスクリームを食べている。僕たちもさっき食べたよね、と蒼介が微笑む。

川のような広さの海を、船が行き交う。山頂から見下ろす景色とはまた趣の異なる、目線の高さの海と島、見上げる空。波の音に混じる、生活の音。ふたつ前の時代に巻き戻したような空間にも、確かに現在がある。

海の色は濃い青なのに、空の色は地上に近付くほど薄くなるんだね、混ざったりしないんだね、と時折立ち止まって海を眺めながら、蒼介がぽつりと呟く。
午後を大きく回り、太陽は威力を落として水面に輝きを撒き散らす。さっきは空の色だったけど、今は海の色だわ、と蒼介の青い瞳を朝日花は見つめる。

遊歩道は駅の方まで続いている。最初に駅から見えた風景の辺りまで戻ってくると、朝日花はベンチに腰をおろした。心地よい海風が吹いてくる。

蒼介は柵越しに島を眺めたり船に手を降ったりしてしばらくうろうろしていたが、朝日花がベンチから立ち上がらないので、そのうち戻ってきて、朝日花の隣に座った。

「疲れちゃった?いっぱい歩いたもんね」
「確かに、ちょっと疲れたわね。明日は筋肉痛かもしれないわ。ああ、運動不足…」
嘆き声を上げる朝日花に、朝日花、体育得意だったのにね、僕なんてどうしても逆上がりできなかったのに、と蒼介がよくわからないことを言う。
「そう言えば、どうしても逆上がりだけできなかったわよね蒼介…。あれどうしてだったのかしら」

違う、こんな話をしたいわけじゃない。
今日の太陽の命は、もうそれほど残っていない。その前に。

黙り込んでしまった朝日花を、蒼介が心配そうに覗き込んだ。
「どうしたの?逆上がりの謎、難しい?僕もわかんないけど」
「蒼介」
「うん?」
「中学2年の最後の日に、ううん、あれ4月1日だったからもう3年なのかな」
「どしたの?」
「あの日にね、タイムカプセルを校庭に埋めたこと、覚えてる?」

朝からずっと緊張感のない無邪気な表情だった蒼介が、一瞬だけ真顔になったのを、自分の手元を見ていた朝日花は、気が付かなかった。

「覚えてるよ。3年生は卒業式とか修学旅行とかで思い出がたくさん残るから、隙間の2年生で、それも全員が14歳でいる時に埋めようって、先生が言ったんだよね」
「そう、14歳の…。あっ」
何か、思い出しかけた。しかし、それは一瞬で朝日花の手の中をすり抜けていく。
思い出すのはいったん諦めると、朝日花は意を決して喋り始めた。



第7回に続く
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※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、地名等とは一切関係ありません。


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