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7/23叶わない希望がちらつき体調を崩した話
絶対結婚しないしひとりで生きる
というひとがいた
年とって倒れたら、互いに救急車を呼ぶ役やろう
冗談を言った日の夜に
「そういう将来」を考えた
倒れたときに呼べる「血の繋がりがない誰か」
それがいる生活を考えた
それから
自分には「そういう将来」がなく
ひとりで死ぬしかないこと
この現実
過去一番生々しく感じられた
将来を思いレキソタンを嚙み砕いたところに
読んだブログがとどめになった
本人は無意識だろうけど
マガレのブログにはいつも
愛される人と愛されない私の違いを見せつけられる
![](https://assets.st-note.com/img/1690070808534-irdChRCq17.jpg?width=1200)
ひとから愛されるために必要なのは
真面目さではない
ブスでうまく笑えず、体の大工事をし
クソ真面目以外とりえのない私が死んだあと
割り箸に線香を立ててくれるひとはいるのか
誰か、私を思い出してくれるのか
そもそも
思い出されたいとは
何の気なんだいとか
考え始めたら
「死」「死」「死」で頭がいっぱいになり
泣いたり腹を壊したり
トイレで
失血死なら生き残っちゃってもさほど?
いや、でもカッターで首を切るとか
痛すぎグロすぎ無理と思ったり
どうして簡単に傷つき血が出るのに
死ぬことがむずかしいのか
滅茶苦茶に苛ついた
ただわたしは
わたしなりにやったと思う
どこに行っても落ち込む外見で
ここまで真面目に
だから死ねたらその時は
自分で自分に手を合わせてやりたい
自分で自分を抱きしめて
よくやったと言ってやりたい
両親とか、誰にも触られない場所へ
そっと死体を運んでやりたい
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