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(美大日記⑬)最終回専用テープ/他2本

2000年代。まだ新幹線が開通する前だった石川県金沢市で、美大に通いながら、たいしたドラマも起きない一人暮らしの日々を細かく綴った『美大時代の日記帳』。
第13回は、美大生1年目ラストの日記。

プライバシー配慮のため、登場する人物・建物名や時期等は一部脚色しておりますことをご了承ください。

それでは、開きます。

他人の合格発表

久しぶりに怖い夢を見た。ハッと目が覚めると時計は午前4時20分。不吉…。昨夜、幸せな妄想(ショッピング)をしながら目を閉じてしまったから嫌な予感はあったんだ。私は悪夢を見る前、必ず幸せな気分で眠りにつくというジンクスを持っている。そして予想夢はたいてい逆になる。高校入試の時は第2志望に落ちる夢を2回見て、本番は合格。第1志望は、受かった夢を見てしまったときから「あーこりゃダメだ」と思ったが案の定落ちた。
ていうか、昨日まで全然、気にしていないつもりだったのに。

「その日」は出かける予定だったが結局キャンセルして、ずっと家のなかで電話が鳴るのを待っていた。トイレに行く時も、携帯だけでなく万一のことを考え固定電話のコードを解き(※当時、同級生のほとんどが契約していなかった固定電話を私は謎のこだわりで持っていた)、トイレに持ち込んだ。
先日バイト先のロッカーで、
「良かったね!良かったね!」
と同期のAちゃんが通話を切ったあと、「もう今日は1日中そのことが気になってしょうがなかったんですよ~!」と話すのを聞いたときは内心、(私はここまで気になって仕方なくはならないだろうな、薄情だけど)と思っていた。
だがいざその日が来たら、彼女とまったく同じ行動を自分もしていたのだった。

図ったように午後3時33分。
ブルっと1回だけ携帯が鳴り、青いランプが点滅した。メッセージフロム、友人R。

「受かったよー!やったー!」

故郷、名古屋で浪人生をしている友人が、第1志望の芸術系大学の1次試験に合格した知らせだった。


最終回専用テープ

風呂からあがって洗濯物をたたんで、新しいものを干して皺のついたやつをアイロン。それらをしながら、冬休みに帰省した時名古屋から持ってきた昔のビデオテープの中身をテレビで確認していた。シールも何も貼っていなく、何を録画したのかさっぱり覚えのないテープ。

まず出てきたのはドラマ『きらきらひかる』の最終回。それが終わると、アニメの『スラムダンク』がラスト6話分くらい流れて、それが最終回すると次はドラマ『ニュースの女』の最終回。それも終わると、今度はドラマ『サイコメトラーEIJI2』の最終回が現れた。何なのこのビデオ、最終回専用テープ?

名古屋から持ってきたビデオを観ていると、ふいに、せつない気分に襲われる。地元にいる時は気づかなかった「ご当地CM」の存在を、別の土地で暮らして初めて思い知る。
「なんでも貸します、近藤産興」。
このベタベタなローカルCMを思わず巻き戻して見てしまう日が来るなんて。金沢は、なぜかパチンコ屋のCMばかりが流れる。


母が消さなかったメール

春休みで帰省して以来、ランチのように日替わりで毎日地元の友人と会いまくっている。
今日は友人Rとコメダ珈琲で待ち合わせ。つい昨日、第1志望の2次に落ちてしまった友人Rは、滑り止めをまったく受験していなかったため浪人を続行するしかないのだが、研究所も生活も、今のままで良いのか悩んでいる様子。ちなみに同じ研究所から受けた3人のうち、その大学に合格したのは現役生。私が通っていた当時から浪人していた優秀なのに不運なK先輩は、今年も全部だめで4浪が決定。うまく行かない世の中。ていうか美大受験がまじで不条理すぎる。

夜、風呂あがりの母をモデルに鉛筆でクロッキーをしながらふと、先日操作を尋ねられていじった母の携帯のメモリーに、私が夏休みホームシックだったときのメールが残っていたことを思い出した。
「つらい、1人で暮らせない、しらさぎ乗って今すぐ帰りたい」ってのと、「いましらさぎ乗ってる。勝手に帰るのだから迎えはいらない、バスで帰る」というやつの2件。
いつもは「忘れて溜めないうちにメールはすぐ削除する」母が、なぜこのメールだけは消さないのか。

聞いてみたい気もするが、やめとこう。

今回は実家に1ヶ月近く滞在し、買い物もたくさんしたので手荷物を含めてぜんぶ宅急便で送ることに。重さを量ると、なんと18キロもあった。
もう何度も行き来しているのに、しらさぎの窓から初めて北陸の日本海をはっきりと見た。ずっと一緒だったハムスターの「テロ」は箱の中でおとなしくしている。

アパートに帰ると、玄関に新聞の海が出来ていた。
帰省前、「この間は配達止めてください」って新聞屋にちゃんと電話したのに、うまく伝えてくれなかったらしい。けれど玄関ドアのわきはすりガラスで、その惨状は外からでもじゅうぶん目視できるのに配達の人、なぜ疑問に思わず1ヶ月投函を続けた?!と呆れたが、以前からな~んかいい加減そうな販売店だったので妙に納得してしまう。片付ける前に記念として1枚写真を撮っておいた。
新聞の山を片し、名古屋駅のコンパルで買ったチキンカツサンドをほおばる。おいしい。テロにもパン部分だけちょっとあげる。手を洗いに流し場へ行くと、なんとシンクにいつかのヤモリくんがいてびびった。
まだいてくれたのね。

夜、きのう自分が送った段ボールが届いた。
配達のおじさんが「名古屋からじゃ、こっちは寒いだろうね」と気さくに言った。嫌な感じはしなかったので、「そうですね~」と返事をした。

名古屋で買った新しいマグカップに金沢でコーヒーをいれる。

今回は、だいじょうぶだよ、父母。


たぶん。




今週もお読みいただきありがとうございました。
美大生&一人暮らし生活、1年目がこうして終わりました。次回から、引き続き2年目が始まります。今よりさらに未熟者だった頃の私ですが、よろしければお見守りください。

◆次回予告◆
『ArtとTalk㉖』ひとりで美術館ハシゴ旅、第2弾!!

それではまた、次の月曜に。


*若き日の恥だけれど苦しみは本物でした。↓

*ヤモリくん初登場回↓



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