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(美大日記⑱)在りし日。/どーしよーもないものを好きになっちゃう心理学

2000年代。まだ新幹線が開通する前ののんびりした石川県金沢市で、美大に通いながらひとり暮らししていた日々を綴った『美大時代の日記帳』。

プライバシー配慮のため、登場する人物・建物名や時期等は一部脚色しておりますことをご了承ください。

それでは、開きます。


在りし日。

美大のころに住んでいた安アパートはかの有名な「兼六園」のすぐそばで、日本三大庭園にも選ばれるほどの名所だが、正直言って、渋すぎてなにが魅力か当時はよくわからなかった。受験生の頃に親と学校見学へ訪れた際に寄ったのと、受験当日、空き時間が出来て時間潰しのために行ったくらいで、住み始めてからはほとんど行っていない。

しかしその日、私は午前中の裸婦クロッキーをなんとなく途中でふけて、そういえば先週、バイト帰りに雨が降り自転車を市役所にとめっぱなしだったことを思い出し、取りに行こうと兼六園沿いの坂を下っているときふと中に入りたくなって真弓坂で300円也(※)を払った。

平日の午前だが観光客がたくさんいた。いつもなら人混みは苦手だけれど、その日は不思議と賑わいが不快ではなかった。
地味で面白みがないと思っていた兼六園が、こうして見ると、中々悪くない。以前ここで食べた、バニラアイスにお米が混入している不思議な「こしひかりアイス」がまた食べたくて茶屋を探しながらうろついていると、見知らぬおじさんに声をかけられた。
雪つりの木がどーのとか、皇太子さまが来てどーのとか。いまいち内容も聞き取れないが素直にあいづちだけ打っていると、
「お姉さん、顔が明るいから地元の子じゃないでしょ」
と唐突に言われた。
どうやら、おじさんには「金沢人は暗いつらをしている」という謎の偏見があるらしい。「美人が多いんだけどね、加賀美人」とか話しながら「今いくつ?」だの、「大学生?いちばん充実してる頃だねえ~。彼氏いるの?」と止まらない。数分我慢していたが、なんとか話を切り上げておじさんから離れられてほっとした。ナンパだったのだろうか?
こしひかりアイスは結局見つからなかった。

電話が鳴った。教授からだった。やべ。
「はい」
「あ、宇佐江さん?明日の面談のことなんだけど、今は学内ですか?」
「今は兼六園です」
「取材?」
「いえ、ただ兼六園のなかでエスキースでもしようかなと」
「そういうのを取材といいます」
なるほど。
「面談時間が変更になって朝からするので、お願いしますね」
と言われ、電話は切れた。

エスキースしに来たと答えた手前、居心地が悪いので、霞ヶ池を望むさざえやまの頂上ベンチでクロッキー帳を開いたが、まったく描く気が起きず、かばんの中の寺山修司を読んで帰った。

そんな在りし日の、日記である。

(※入場料は当時の価格で、2023年現在は320円です。)


どーしよーもないものを好きになっちゃう心理学

アパートに引きこもってS80号キャンバスと格闘中、インターフォンが鳴った。今はお隣も不在で、このアパート(全4戸)に私ひとりしかいないっぽいので、低い声で「どちら様ですか?」と尋ねると、

「あのー…Rですけど…」

と、突然クラスメイトの声。
びっくりしてすぐにチェーンを外し「どうしたの?」とドアを開けると、あのー…と言い淀みながらこう訊かれた。
「私、こんどここの向かいに引っ越すってなったら、みつこちゃん、嫌?」

Rさんは変わった子だった。
ただでさえ変わり者の多い美大生の中ですら、彼女の変わり者っぷりは中々だった。奇抜というわけではなく、外見は素朴で化粧っけもなく可愛らしい女の子。控えめで、うつむきがちにしゃべる様子が保護欲をそそり「ほっとけない」と周囲に思わせるキャラクターでありながら、本人は全くもってマイペース。単独行動や謎の多い子だった。
私は知れば知るほど彼女が好きになり、2年生になってからは特に何人かのグループで遊んだりごはんを食べたりはよくしていたけれど、ふたりで遊ぶということはまだあまりない、そんな関係だった。

数分後、私は自分の住むKハイツの向かいに建つ、同じ不動産屋が所有するアパートの一室にいた。内見のために鍵を借りていたRさんに付いてきたのだった。
きれいな玄関で、トイレも広くて清潔。浴槽は私のとこよりよっぽど広くて浴室に鏡もあり、メインの8畳にはロフトまで付いている。窓も大きく2つある。角部屋なので、ちょっと欠けた四角形ではあるけれど、それがまたお洒落でしかも家賃3万7千円。私が越してきたいくらいだ。
「文句のつけようがない…」
と正直な感想を言うと、「だよね…あ~どうしよう」となぜか頭を抱えるRさん。
聞けば、あまりに良すぎるのがネックらしい。

もうひとつ迷っている物件があるというので、話のついでにそこも見せてもらった。

「ほんとにボロいんだけど何か、だから、ちょっと自分を変えられるかなって」とRさんが評したそこは、長屋のような佇まいの古い部屋。玄関はだだっ広いが、そこを抜けるとなぜか床がタイル張りの6畳(ここに台所がぽつんと備え付けられている)。ユニットバスで、奥の8畳はじゅうたん。北向きで日光も入らない。現在、もっとマトモに住めるように改造中らしいその部屋には、工事の道具や作業員が飲んだらしいコーヒー缶が置いたまま。

何故、としか言えない。

「私ってなんか…。どーしよーもないものを、好きになっちゃったりするんだよねいつも……」えへへ、とつぶやいてまた私を心配&虜にさせるRさんは、その後まともな方、つまり私のお向かいに無事越してきた。

ちなみに余談だが、Rさんが引っ越す前に住んでいたアパートは私が入学前に内見して「ここは無いな」と早々にリストから外した物件、なのだった。





今週もお読みいただきありがとうございました。
人間って、それぞれ色んな価値観で生きているんだなあということを、個性的なクラスメイトたちを通じてよく学びました。「変わってるな~」ということを面白いといつも思わせてくれたRさんとはこの後も時々遊ぶ仲になり、今現在彼女は、農業に精を出しているそうです。

◆次回予告◆
徒然なるままに、制作を続けていくことについて。

それではまた、次の月曜に。


*私の住んでいた「Kハイツ」にまつわるミステリー?はこちら↓


*北陸、金沢、美大生。その他のお話はこちら↓


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